第一章 日常
※この物語はフィクションです。
現実とは関係のない、ひとつの小さな物語としてお楽しみください。
作中には、少しだけ不穏な表現が登場します。
苦手な方は、どうか無理のない範囲でお楽しみください。
あの日、事件が起きた。
私はごく普通の生活を送っている早乙女 詩織。
真実はいつも残酷で冷酷だ。
あの時の私は、ただ前だけを見ていた。
周りを見る余裕なんて、どこにもなかった。
この物語は、誰も幸せにはならないまま、誰も信じられなくなる、そんな物語。
ー五年前、私が『あの日』の事件に巻き込まれるー
詩織「今日から新生活だー!」
いつもなら、母親が朝ごはんを作ってくれるけれど、今は全寮制の高校に進学した。
詩織「お母さんー」
詩織「あ、いないんだった⋯」
いつものクセがまだ抜けていないのは、無理もない。
そんなことより今日は新生活。
『友達たくさんできるかも?』と、私は心の中で呟いた。
詩織「もうこんな時間!」
私は急いで支度して、学校へと向かう準備を終わらせた。
新学期、新しい学校、新しい教室、そして新しい仲間や友達。
その全てが美しく、何よりもワクワク感を与えてくれる。
そんな時期が私は何よりも好きだ。
詩織「結局、中学生の頃は恋愛できなかったなぁ」
『彼氏かー⋯』と、深くため息を付きながら学校へと歩き出す。
周りを見ながら登校していると、桜の木が満開に咲いている。
詩織「綺麗⋯」
私はその美しさに圧巻された。
何よりも綺麗で、でもどこか寂しそうな雰囲気をしている。
しばらく桜が咲いている木の前で、その美しさに魅了され立ち止まっていた。
詩織「世界もこんな綺麗な色で満ちていたら、どれほど美しかったんだろう」
深く考え込む。
まるで一つの物事において、納得がいく正解を出すまで考える哲学者のように。
しばらくして外にある時計台を見ると、入学式が始まる三十分前になっていた。
詩織「ッヤバ!」
全力で走ると、景色がゆっくり流れていくように見えた。
信号が変わる音も、車の動きも、どこか遠く感じた。
無事に学校へとたどり着き、私は息を切らしながら、掲示板の前へと駆け寄った。
『新クラス案内表』
それは、その一年間一緒に学ぶ仲間たちだ。
詩織「や、やっとついた⋯」
『私のクラスは⋯』と、目で追っていたはずなのに、ふと、視界の端に”何か”引っかかった。
詩織「あっ⋯」
『桜の木⋯』
この日を境に、私の日常は静かに崩れ始めた。
けれど、この時の私はまだ何も知らなかった。
詩織「私はA組か」
どんな人がいるんだろう?と、胸を期待に膨らませながら教室へと向かった。
廊下を歩きながら少し考えていた。
詩織「どうしてあんなに桜の木ばかり見るんだろう」
なにか嫌な予感?と、色々なことを考えていた。
他の教室では賑わっている。
自分のクラスもあんな感じに賑わっていると良いな、と心の中でそう思っていた。
『ガラガラ』
扉を開け、教室内に入ると既に私以外の人たちは集まって、グループが作られていた。
詩織「もうグループが出来てる⋯」
『このままではボッチ確定だ⋯』と、不安になった。
誰か話しかけてくれるだろうと信じて、私は黒板の前に張り出されている座席表を確認し、自分の席を探した。
その席に向かっていると、『とある人』から声がかかった。
みやび「始めまして!私は笹塚 みやび(ささつか みやび)!」
よろしくね!と、とても元気そうな声で挨拶をしてきた。
詩織「は、始めまして!早乙女詩織です!」
思わず私も自己紹介をして、その後好きなことや、中学ではどんな生活だったのかを共有した。
これはもう、友達と呼んでいいのかな?と、私は不思議にそう思った。
みやび「そういえば詩織ちゃん」
急に名前で呼ばれて肩が『ビクッ』と一瞬跳ねた。
詩織「な、なに?」
みやび「登校する時、ある物見なかった?」
詩織「ある物って⋯?」
みやび「『桜の木』」
ドクン、と胸の奥が深く鳴った。
悪いものは見ていないはずなのに、むしろ綺麗なものを見たのにどうして、こんな感覚になるんだろう。
私は不思議に思いながらも『見たよ』と返した。
みやび「綺麗なものには毒があるってよく言うよね!」
『薔薇みたいにさ!』と続けて言うみやび。
彼女が言うその一言が、説得力があって、共感しやすかった。
私はあの桜の木が、ただの風景じゃない気がしたと、考えていた。
みやび「詩織ちゃん⋯?」
みやびに名前を呼ばれ、ふと我に返る。
詩織「ご、ごめんね!どうしたの?」
みやび「もうすぐ入学式が始まるよ!」
楽しみだなー!と嬉しそうに言うみやび。
彼女の瞳には希望で溢れ返っていて、春の光みたいに明るかった。
当然、私も新しい友達や、そしてなにより彼氏が欲しいと、思っている。
詩織「友達できるかなー⋯」
みやび「私たち友達だよ!詩織ちゃん!」
彼女が立ち上がりながら勢いよくそう言っていて、私は嬉しかった。
教室を開けた瞬間にはもう、既に出来上がっていたグループ。
ボッチ確定と不安になっていたけれど、なんとか回避できた。
友達はこの子だけでもと、十分に思ったけれど、友達は多いほうがいい。
そう思い直した。
そうして新一年生一同は入学式に参加するため、体育館へと向かっていく。
待ちに待った入学式だ。
詩織「入学式だけあって、すごい人だね⋯」
私の声は細く、消えそうな声だった。
みやび「大丈夫!すぐ終わるよ!」
そういうみやびも若干手が震えている。
きっと無理して言っているんだろうなと、そう思った。
それぞれ自分の座席へと座り、名前が呼ばれたら返事をする恒例行事へと突入した。
『一年A組、早乙女詩織さん』
詩織「は、はい!」
この時の私はすごく緊張していた。
自分の座席から左一つ離れた所を、覗き込むように見るとあの子が『クスクス』と笑っている。
そんな彼女の様子を見ると、少しだけ緊張が解れるような気がした。
『一年A組、笹塚みやびさん』
みやび「はいっ!」
彼女は緊張していないアピールを、私に向けてきた。
そんな非言語コミュニケーションを楽しんでいる。
こうして、私たちの入学式が始まり、新しい学校生活が始まる。
『一年D組、早乙女詩織さん』
一瞬、胸の奥がザワつき、ゆっくりと冷えていくような感覚がした。
同姓同名が本当に存在するなんて、思ってもみなかった。
まるで、桜の木を二度見た時と同じような感覚だった。
この違和感の正体を、私はまだ知らない。
続く。




