9、訓練
「あれ、珍しい……本日はルノー様と旦那様が訓練されているようです」
私は目を凝らした。
確かに右側で剣――リーナ曰く、あれは訓練用の木刀らしい、を構えている男性は公爵様だ。あの月光を思わせるような銀色の髪は風にたなびき、空よりももっと深みのある青い瞳は相手の男性を見据えていた。
リーナが教えてくれたが、公爵様の相手はルノーという男性。多忙な公爵様に代わり、軍団をまとめているのがこの方なのだとか。前公爵様の時代に軍団長として抜擢されて以来、才覚を余すところなく振るわれ、今では公爵様も含めて軍に所属する者全員が彼に信頼を置いているのだとか。
「ルノー様は公爵家内で一二を争う実力を持つお方です。前公爵様とも打ち合うことのできる方は軍の中でも少ないのですが、ルノー様はその内の一人です」
実力もあり、信頼もある素晴らしいお方なのだろう。
公爵家はヘンリー然り、マルセナ然り……実力のある人材が多い。ここにいるリーナも伸び代があるそうなので、後数年すればマルセナのような侍女になるだろう……そうね、セヴァルは研究という視点から見たら、有能だと思うわ。
二人は睨み合っている。相手の様子を窺っているのだろうか……二人が醸し出す一触即発の空気をピリピリと感じる。ふと右奥を見てみると鎧を身にまとった男性……中には女性も何人かいるようだが、彼らも二人の訓練を見ているようだ。
じりじりと間合いを詰めながら、二人は近づいていく。そしてお互いの木刀が触れ合いそうになるその時、目にも留まらぬ速さで剣と剣のぶつかり合う音が聞こえた。どちらが先に行動したか、なんて分からなかった。それほど二人の動きは早かったと思う。
彼らの実力に唖然としていた私。王国で私の執務室として与えられていた部屋から、兵士たちの訓練の音が窓から聞こえてきたのだけれど……こんな音は初めてだった。騎士団長と誰かが訓練した時も、こんなに激しく刃の音を響かせる事なんて無かったもの。
王国は魔法の練度は高いけれど……もしかしたら兵士の練度はそこまで高くはないのでは。いや、魔法についても分からない。だって、セヴァルが私に王国の魔法書を渡してきたじゃない。王国の魔法書をあのセヴァルが研究しないなんて事はないでしょうし。
一瞬の間に二度三度、打ち合う音が聞こえてくる。力強い音に私は心地よさを感じ始めていた。そんな時。
「あ、旦那様が押され始めております」
リーナの声で我に返る。視線を戻せば、確かに公爵様が後ろに押されつつあった。
ルノーと公爵様を比べると、どうしても体型ではルノーの方が大きい……筋肉質と言ってもいいのかもしれない。彼はその筋力を利用して怒涛の攻撃を行っているようだ。
公爵様はひたすら防御に回っていて、反撃の糸口が掴めないのか歯を食いしばっている。その一方でルノーは満面の笑みをたたえていた。
「さすがですなぁ! 大抵の兵士は儂のこの攻撃で白旗を上げるやつが多いんですがねっ」
一際大きな音が訓練場に響き渡る。ルノーが力を込めて叩き込んだようだ。公爵様はそれを防ぎ切ると、一旦ルノーと距離を取る。
「いやいや、まだまだだ」
「はっはっは! 謙虚ですなぁ! まあ儂が思うに、今の前公爵様となら良い勝負ができると思いますぞ!」
「若い頃の父とは無理か」
悔しそうな表情でルノーの言葉を受け取る公爵様。口を動かしながらも、手は止まらない。兵士たちも固唾を呑んで見守っていた。
あの距離で木刀がぶつかったら、怪我をするはずだ。私は二人の無事を祈るために胸の前で両手を握りしめていた……次の瞬間。
丁度、私の直線上にルノーと公爵様が並んだ。そして公爵様と視線がぶつかった気がする。私の姿を認めた公爵様は、驚きからか目を見開いていた。
「おや、余所見ですかい?」
ルノーは一瞬の隙を見つけたと言わんばかりに公爵様に向けて木刀を振り上げた。次に起こる事を予想していた私は思わず目を瞑る。
すぐにカラカラカラ、と何かが地面を転がっていくような音がした。多分木刀だろう、と思った私は恐る恐る目を開ける。すると――。
「……これは一本取られましたわい」
そこには両手を上に挙げているルノーと、木刀を突きつけている公爵様がいた。
見ていなかった私に代わり、リーナが教えてくれた。
私との視線が合った後、ルノーは公爵様の隙を見つけたと言わんばかりに上段から木刀を振り下ろそうとしたらしい。それに気がついた公爵様は剣を思いっきり横に振り抜いたのだとか。その勢いでルノーの剣が手から離れ、公爵様の勝利となったようだ。
だが、当の本人は不満そうに見える。
「ルノーが疲れていたからできた芸当だ。本当は攻められている時点で反撃を入れて勝利をしたかった」
「おお、本当に向上心が高い事で。公爵様の爪の垢を煎じて飲ませたいものですなぁ……」
ルノーがチラリと休憩中の兵士へと顔を向けると、多くの者たちは顔を真っ青にしていた。きっと訓練が厳しいのでしょう。けれども、きっとそれが彼の優しさでもあるのでしょうね……現に顔色が悪いだけで、彼に反論する者はいない。それだけルノーを信頼している証なのだと思う。
そんな彼らの表情など気にする事なく、ルノーは声を上げた。
「さて、休憩は終わりじゃ! 訓練開始! 皆も公爵様に遅れをとるんじゃないぞ!」
「ああ、期待している」
公爵様の声に、顔色が悪かった兵士たちの表情は一変する。真面目な表情で頷く彼らだが、嬉しそうな表情を隠しきれていない。特に若い兵士に多いようだ。公爵様の人望のある様子が窺えた。
「……公爵様は人望が厚いのね」
「ええ、勿論ですよ! ルノー様と打ち合える上に、領主の仕事もされている旦那様に、みなさん尊敬の念を抱いていますよ!」
そう告げるリーナもルノーと公爵様を敬愛しているのだろう、満面の笑みをたたえている。表情には出さないけれど、私もその一員になれるだろうか……と少し不安になったのは内緒だ。




