5、公爵家一の魔法の使い手
「え……何故……?」
か細い声がどこからか聞こえる。それが自分の声であると気がついたのは、二人が私を見たからだ。
「声が……戻ったのか?」
「……そのようです」
久し振りに声を出したからか、違和感がある。その事に気がついたのか、ヘンリーは私に水を渡してくれた。お言葉に甘えて座って飲むと、喉に冷たい水がスッと馴染む。
……そうだ、私の自己紹介をしていなかったわ。
私は水をいただいた後、立ち上がる。そして最上級の礼を執った。
「私、エスペランサ・ホイートストンと申します。この度、ガメス公爵様の婚約者として王国より参りました」
いきなりの礼に戸惑ったのか、公爵様は少しだけ目を見開く。けれどもすぐに私を見据えた。
「ああ。先程も告げたが、バレリアン・ガメスと言う。よろしく頼む」
その後、公爵様は公爵家一の魔法の使い手を呼び寄せた。
クマの人形にかかっている魔法の確認と、私の宝石に何かしらの仕掛けが残っていないか、という事を確認するためだ。
公爵様は私が妹のブレンダではなく、姉のエスペランサである事はすぐに分かってくれた。
理由は先程の件もあるけれど、この黒髪である。王国では真っ黒な髪は不吉な証であり、ブロンドに近いほど正当な血筋を示していると言われていた。一方で、嫁いで来た母は黒髪だった。帝国では黒髪は王族に近い女性の中で現れる事が多いらしい。
一度、元婚約者が私に『お前が黒髪であれば、すぐに殺されていたのにな』と鼻で笑いながら言った事がある。
きっと母が私を助けてくれたのだろう。根拠はないけれど、なんとなくそんな気持ちが湧き上がった。
しばらくすると、細目で片眼鏡をかけた男性が現れた。
「珍しいですねぇ、こちらに私を呼び寄せるなんて」
「ああ、来たか。セヴァル」
男性はセヴァルと言い、公爵家の魔導師団に勤めているのだそう。何よりも魔法の研究が大好きで、寝食忘れるほどに熱中する研究者なのだとか。皺だらけの白衣の袖には、インクのシミらしきものが沢山ついている。
彼は何を考えているのか分からない笑みをたたえながら、軽い調子で話し始めた。
「私を呼び寄せるという事は、よほど、何か面白い魔法でも見つかったとみえますねぇ」
暗に、『研究が良い所だったのに、何故呼び寄せた?』という恨み言が聞こえるような気がするけれど、公爵様はそんな事など気にしていないかのように、笑って告げた。
「ああ、セヴァルも興味深いだろうよ」
「私の研究の手を止めたからには、それ相応の事であって欲しいですなぁ……おや?」
彼は私の前に置かれているクマと割れた宝石を見つけると、目にも留まらぬ速さで、そのふたつへと近づいた。
「おやおや、もしかして……これの事でしたかねぇ? 確かにこれは興味深い……」
セヴァルはクマの人形をじーっと見つめた後、隣の宝石を確認する。そして最後に私へと視線を送った。
「なるほどなるほど。このクマの人形には、『声封じの魔法』『名封じの魔法』が掛けられておりますねぇ。この形式から見て、デヴァイン王国の禁術――いわゆる呪いと言われる類でしょう……とても興味深い!」
「見ただけでそこまで分かるのか」
「ええ。王国にいる間者から、あちらの魔法書を戴きましたのでねぇ。我々とは少々違う魔法の紡ぎ方ですから、一目見れば分かりますよ」
セヴァルの言葉を聞いて、私は少しだけ驚いた。王国は魔力至上主義なので、魔力の多い諜報員は潜入しやすい……いや、簡単に潜入はできると思う。しかしセヴァルが懐から出した魔法書は、王宮にしか置かれていないはずの書。帝国はどこまで王国の内部に手が延びているのか、少し気になった。
まあ、私はもう既に帝国の者なので、王国の情報がどれだけ抜かれていようが気にならないけれど。
色々考えていると、彼が私に声を掛けてくる。
「お嬢様、こちらを手に取ってもよろしいでしょうか?」
割れた宝石を指差して告げるセヴァル。その楽しげな表情を見て、私は思わず「どうぞ」と告げていた。彼は宝石を手に乗せ、嬉々として観察し始めた。そして次に禁呪が移ったクマの木彫りへをまじまじと見る。
「そうですねぇ……見る限りですと『姿変えの魔術』『顕呪の魔術』が掛けられていた痕跡がありますねぇ……ふむ、かすかに『封魔の魔術』の痕跡も……素晴らしい!」
いきなり叫び出したセヴァルに、私や公爵様は目をしばたたかせた。
割れた宝石を光に透かして見ている彼の目は、まるで子どものようにキラキラと輝いている。公爵様が「珍しいな」と呟いている所を見ると、宝石に関してはセヴァルの気を相当惹くものだったのだろう。
彼はしばらく頬を染めて、幸せそうに宝石を見ていた。
しばらくして満足したのか、セヴァルは宝石をテーブルの上に置く。
「良い物を見せていただき、ありがとうございました! こんなに多くの魔術を掛けられるお方は、そうそうおりませんねぇ。かつて『魔導皇女』と呼ばれたバレンティナ殿下でしたら、おちゃのこさいさい、でしょうねぇ」
「魔導、皇女……」
母の、知らない一面を見れたような気がした。




