3、当主レオネル
「誠に恐れ入りますが、現在主人は公務のため手が離せず……しばしお待ちいただけますと、幸いにございます」
そう告げて執事は部屋を出ていく。
扉が閉まった後、私は不躾にならない程度に周囲を見回してみた。
飾り立てずとも、職人の技巧が施されている家具。そして落ち着きのある赤と緑で統一された色合い。金や銀色で華美な装飾を好む王国とは正反対の部屋。どちらかと言えば、この応接室のような部屋が私は好みだ。
そして目の前のテーブルには、食べやすそうな茶菓子やパンなどが置かれている。お腹も空いたところだったので、ひとつ手にとって口に入れてみた。……うん、とてもしっとりしていてほんのり甘い、紅茶に合うお菓子ね。
……甘味なんて久しぶりに食べたわ。
王国の王侯貴族達は「帝国など蛮族だ! 蛮族が素晴らしい文化など育めるはずがない!」と言っていたけれど、どこを見たらそんな事が言えるのかしら?
そんな事を考えていると、いつの間にか紅茶を飲み干していたらしい。いつの間にか扉の側にいた侍女が現れて、私のカップに紅茶を注いでいた。目が合ったので、微笑んで頭を下げておく。すると相手は一瞬驚いたようだったけれど、「失礼します」と頭を下げて元の位置に佇む。
ここでは敵国の娘であっても、令嬢として扱ってくれるのね……私は目を細めて紅茶を嗜んだ。
紅茶の二杯目を半分ほど飲んだ時、最初に案内してくれた執事が現れた。どうやら、ガメス公爵様の仕事がひと段落したようで、お会いになるのだとか。
私が立ち上がると同時に、部屋の扉が開かれる。そして部屋に入室してきた屈強な男性と目が合った……あら?
予想よりも随分と若い男性である。確か公爵様は六十歳と聞いていたのだけれど。
公爵様も私の顔を見ているが……あら、耳が少し赤いような……いえ、気のせいね。
……けれど、公爵を見ていた執事のほうが、むしろ驚いた顔をしているように見える。
表情をあまり変えない方なのかしら。もしかして、公爵様が珍しい顔をしたのだろうか? 私には分からないわね。
私が礼を執ると、呆然としていた彼は正気を取り戻したのか、口を開いた。
「……ご足労いただき感謝する。私が現当主であるレオネル・エドワード・ガメスだ」
礼をとった後、私は隣にやってきた執事から手帳とペンを手渡された。
ありがたいわ、これで筆談ができるわね。私は彼に軽く頭を下げると、手帳に文字を書いていく。
ふと気がつけば、私の書く姿を見ていた公爵様が首を傾げていた。大きな熊さんのようで可愛らしいく見えるわね。
ただ、次に紡いだ彼の言葉で私は書く手を止めた。
「書いている途中に済まない。君は、本当にブレンダ嬢なのか?」
「旦那様! 失礼ではありませんか!」
血の気の引いた顔で執事が声を上げる。まあ、普通は失礼な行動でしょうけれど……私にとっては、渡りに船。私は頁をめくり、白紙の部分に書き始めた。
『どうしてそう思われたのですか?』
その部分を見せると、公爵様は少しだけ悩みながら話してくれた。
「いや……そうだな、私はかつて、皇帝陛下の護衛として王国に招かれた。その際に顔を揃えていた王侯貴族達のような視線――あれは異物を見るようなものだったな……。君はそのような目で我々を見ていないからだ。そしてもうひとつの違和感だが、私は君をどこかで見た事がある気がしてならなかった。……ああ、そうだ、思い出したぞ。我が国の王城にある絵画が、君の面差しとそっくりなのだ。王国の公爵家へ嫁がれた、皇女様にな」
私は目を見開いた。
そう言えば……私は参加を見送られたけれど、一度だけ王国に帝国の方々をお呼びしてパーティを開催した事があったのを思い出す。まさかその時に公爵様が参加されていたとは。それに王国の王侯貴族達は休戦協定を結んでいる国の貴族達にも、そのような視線を送っていたのね……。やはり周辺国を見下しているからかしら。
それよりも、現公爵様は記憶力も素晴らしいのね。ありがたいわ。
私は次の頁を開き、書き終えると公爵様へと見せた。
「『ご協力いただきたい事があります』か……ふむ、何に協力すれば良い?」
私は後ろで驚く執事を横目で見ながら、サラサラと文章を書いていく。うん、そうよね……普通なら私が怒るところよね。でも、私はブレンダではないから構わないわ。
書き終えると、二人が見やすいように広げた。
「『人形』か……。良いだろう。ヘンリー頼めるか?」
「はっ、すぐにお持ちします」
ヘンリーと呼ばれた執事が侍女へ指示を出す。その間に公爵様から許可を得て、トランクから一冊の本を出した。公爵様は本に興味があるのか、落ち着きのない様子を見せている。
該当箇所をチラリと見た後、私は本を閉じて公爵様へと顔を向ける。
『これは絵本です』
母が嫁ぐ時に持ってきた、帝国で流行っていたらしい絵本だ。ホイートストン家の者は、古びた本だからと気にも止めていなかったが。
「君の母上の……やはり君は……」
公爵様はその言葉を呑み込む。そして音もなく立ち上がり、扉を開けたままヘンリー小声で何かしらの指示を出していた。私に聞かせないというよりは、他の者に聞かれないように、というところだろう。
諜報員の盗聴の可能性を考えているのかもしれないけれど……帝国を見下している、あの王国がそこまで考えるかしら?
まあ、念には念をという事でしょうね。
しばらく公爵様と話をしていると、ヘンリーと侍女が戻ってくる。侍女の手には可愛らしい木彫りのクマが、ヘンリーの手には綺麗な幾何学模様が描かれた紙。
これで準備は揃ったかしら?




