16、デヴァイン大帝国
翌日より、魔法や魔術の講義が始まる。
魔法を教えてくれるという魔導士は、ジャイルズという男性らしい。急な話だった事もあり、魔法の講義は明日からと言うことになった。彼は第一魔道師団の副隊長を任されている腕のいい魔導士なのだそう。
魔術は知っての通りシュゼットが来てくれる事となった。セヴァルが行きたがっていたらしいのだけれど、色々とあって彼女になったらしい。
「そもそもエスペランサ様、魔術と魔法の違いをご存知でしょうか?」
「魔術は魔法と違って魔法陣と言われるモノを使うと本には書かれていたわ」
今朝もセヴァルやシュゼットが持ってきた本を読んでいるので、おおまかな違いくらいは私も知っていた。
「仰る通りです。大きな違いは、魔法は声を媒体に、魔術は魔法陣を媒体にして魔法を顕著させる事でしょう」
魔術も魔法も自らの持つ魔力を利用して発現するものだ。だから魔法が使えれば、魔術も使う事ができるのだそう。
「他にも違いはございます。魔法は攻撃魔法や防御結界というように、戦闘でよく使われます。魔術は魔道具に利用する事ができますから、日常生活にも取り入れる事ができます」
魔法は言葉によって発動するため、一瞬で引き出した多くの魔力を魔法に乗せられるため威力が上がるのだ。その代わり、永続で使用する事ができない。そのため、一度その魔法を発動したら再度詠唱が必要になる。
一方で、戦闘で使用する魔術は手よりもひとまわり小さい四角の紙に魔法陣を書き、そこに魔力を込めて発動する。魔法陣を書いた紙にその場で魔力を込めても良いし、元々紙に込めておくという手もある。融通はきくが、紙に込められる魔力以上を使用することはできないため、魔法に比べて威力は落ちてしまうのだ。
ただし、魔術は魔法陣に魔力を込めれば常時発動できる事もあり、どちらかと言えば魔道具に使われているらしい。
「王国では『魔術など野蛮だ! 軟弱だ!』と言って使っていなかった気がするわ」
私の執務室もそうだが、明かりは蝋燭と呼ばれるものを使っていた。先端にある細い布に火をつけるのだ。王城にはそれが数百本ほどあり、夜になる前ひとつひとつ使用人が火をつけたものだ。
公爵家ではランプと呼ばれている魔道具があり、周囲が暗くなると明るくなる仕組みをとっているのだとか。元々のランプは決まった場所を押せば光が灯る仕組みで、それを改良してセヴァルが考案したのだという。
セヴァルはやはり有能ね、と思いながら魔術を嫌っている王国を思い出す。こんなに便利なものはないと思うのだけれど、彼らは手にしようとしない。
私の話を聞いたシュゼットは、肩をすくめた。
「デヴァイン王国ではそうでしょうね。あの国は血統至上主義でもございますが、魔法至上主義でもございます。これもデヴァイン王国の前身であるデヴァイン大帝国の影響ですからね」
「デヴァイン大帝国……」
数百年以上前に大陸のほぼ半分を統一して栄華を誇っていた国。当時大帝国は神の国とも呼ばれ、周辺国から恐れられていた……末裔がデヴァイン王国の王族と言われている。
王国の言い伝えによれば、デヴァイン大帝国の最後の皇帝の没後、当時皇太子だった第一皇子と第二皇子が皇帝の座を狙って争い、最終的に大帝国全土を巻き込む戦争へと発展。数十年の時を経て、第一皇子が第二皇子の首を取り、終戦したという。
その後第一皇子は彼の味方に付いた貴族たちと共に、デヴァイン大帝国に変わるデヴァイン王国を作り上げ、今に至っているそうだ。その誇りと歴史が周辺国を蔑む要因となり、膨大な時を経てその思想が凝り固まってしまったため、貴族たちは他国の者たちを「汚れた血」と見下している。
「そもそも……あの国は帝国を『野蛮だ』と言っているけれども、野蛮なのはどっちなのかしら、ってここにきて思うの。それにお得意の魔法で帝国との戦争に勝てたかと言ったら……平和条約を締結している時点でね……」
ため息をつきつつ告げる私に、シュゼットは「仰る通りです」と言う。
「戦争は……確かデヴァイン王国の先先代国王が始めたのよね」
「仰る通りです。始まりは王国から届いた一通の手紙でした」
私もその話は知っている。
当時、デヴァイン王国と帝国の間にはひとつの小さな国があった。けれども、その国は王国から関税を多くく設定したり、王国への入国を制限したりとやりたい放題だったらしい。その王国は最終的に帝国へと庇護を求め、属国となったのだけれど……それが気に食わなかったデヴァイン王国は難癖をつけて帝国へ攻め入ったとか。
そして先代国王陛下の代。王国で飢饉が発生したのをきっかけに、戦争どころでは無くなった王国が停戦協定に応じた、と言う話なのだ。その協定で母がホイートストン公爵家に嫁いでいる。
「戦争の最前線で活動されていた前公爵様がよく仰っておりました。『王国は生温い』と。魔法に頼り過ぎていたために、兵士の練度は高くなかったようですね」
「シュゼットの言う通り、あの国は本当に魔法至上主義だったから……魔法を使えない兵士は魔導士からも下に見られていたわ。あの国の序列は魔力量と強い魔法が使えるかどうか、よ」
今でもそう。あの国は敗北を認める事ができていない。
大帝国で使用されていた魔法が一番だと思っている。伝統を大切にする、と言えば聞こえは良いけれど、私からすれば悪い意味で過去に留まっているようにしか見えない。
だから他国の血が入っていた上に魔力なしのエスペランサは、異物として扱われたし、グレゴリーに賛同する貴族たちが、私を王国から追い出そうと尽力していたのだろう。
そしてこの度、先代国王陛下の重鎮たちが政界を引退し、グレゴリーの意志に同意する者たちが残った。それもあってここで私を追放する事にしたのだろう。
ふと謁見の間の事を思い出し、眉間に皺が寄ってしまった。そう思っていた私だったけれど、シュゼットから見た私は、どうやら血の気が引いたような表情になっていたらしい。
「エスペランサ様、ご気分が優れないのでは?」
シュゼットの言葉を聞いて、私は近くにある鏡で顔を確認した。確かに、映った自分の顔は思っていた以上に血の気が失せていた。
「初日から申し訳ないのだけれど、今日は休んでも良いかしら?」
「ええ、明日の授業につきましては休まれる場合であればご連絡いただけると助かります」
「大丈夫だとは思うけれど、何かあったらリーナかマルセナに伝えてもらうようにするわね」
心配そうな表情で部屋を出ていくシュゼットの背を見送った私は、目の前に置いてあった紅茶を口に含んだ。




