1、穢れた血
私、エスペランサ・ホイートストンは謁見の間の中心で、一人礼を執っていた。
「あら、珍しい。『穢れた血』がこの場にいるなんて」
「国王陛下が毛嫌いしている彼女をここに呼び寄せるなんて……重大な発表なのだろうな」
周囲の貴族たちは、頭を下げている私を見て嘲笑する。
「公爵令嬢である者が、最初に入らされてずっと礼を執らされているなんて……本当に可哀想ね」
「仕方がない。『穢れた血』なのだから」
そう言って笑う彼ら。私は何も言う事ができず、下を向くだけだった。
私は『穢れた血』と呼ばれている理由は、隣国の血が入っているからだ。
私の母は、隣国の皇女だった。
この国は何よりも血統を重んじる。だからこのような視線は家族からも送られているため、日常茶飯事だった。
幸い私の今の髪色は公爵の色を引き継いだ金色。金色は王家の血を引いている証拠であるため、これくらいの嫌味程度で済んでいるのかもしれない。
母の髪色は、闇夜のように深く美しい黒髪だった。この国には黒髪がいない。もし黒髪出会ったら、今以上の憎悪に晒されていただろう。今までの鬱憤を晴らすかのように好き勝手喋っていた貴族たちだったが、ある人物が登場した事で全員が口を閉じた。
壇上の王座へと歩いてくる男――デヴァイン王国現国王陛下である、グレゴリー・デイヴィス国王陛下。
彼は私の目の前で一度も笑った事がない。血統主義の彼にとって、私の存在は不快そのものなのだろう。
だが、今や溢れんばかりの笑みで王座に座っている。それも、為政者としての笑みではなく、心の底から笑っているように見える。自分に関する何かがあるのだろう……そんな確信めいた不安が、静かに胸をざわつかせた。
「皆の者、今日は喜ばしい報告がある」
陛下の声が謁見の間に響き渡る。その声は王としての威厳のある普段の声色とは違い、そこには確かな喜びの色が感じられた。
その声に釣られてなのか、周囲の貴族たちからも歓喜のこもった声があちらこちらから上がった。
「以前より頭を悩ませていた問題があったのは皆知っているだろうが、今回その件がホイートストン公爵家の協力により、解決するに至った。その件とはジオドリックの婚約者についてだ」
陛下は周囲をゆっくりと見渡しながら……まるで一人一人に目を合わせながら話しているのではないかと勘違いするほど、ゆったりと話す。
しかし、頭を下げている私だけは彼と目が合うことはない。
……ジオドリック。陛下の息子であり、この国の王太子。そして私の婚約者である。
陛下の言葉を聞いた後、一斉に私へと視線が集まったように思える。それは興味と悪意の入り混じったものだ。私の反応を確かめようと顔を覗き込もうとする者もいれば、わざとらしく「おお! おめでたい」と声をあげるものすら現れた。
そんな品のない行動ですら、陛下は咎めない。むしろそれを許そうと言わんばかりに、彼も意気揚々に話し始めた。
「この度、現婚約者であるエスペランサ・ホイートストンと王太子ジオドリックの婚約を白紙撤回し、新たにホイートストン家の次女であるブレンダ・ホイートストンと婚約する結びとなった」
その瞬間、先程とは比較にならないほどの大喝采が響き渡る。全員がこの時を待ち望んでいたのだろう。
「やっとか!」
「これで穢れた血が王家に入る事は無くなったのだな!喜ばしい事だ!」
嘲笑と侮蔑の声が飛び交い、広間は狂喜に包まれる。
永遠と続くのではないか、と思われる時間だったが、それにも終わりがやってきた。
「静粛に」
玉座の隣に立つ宰相が手を叩いた事により、一瞬で騒々しさが静まる。
私は陛下より顔を上げるよう声を掛けられていないため、今までずっと頭を下げ続けていた。疲労の滲むため息が少しだけ漏れる。
幸いな事に、その音は陛下の言葉と重なったため、周囲に聞こえることはなかったが。
「元々ジオドリックの婚約は、戦争を締結するためにと先代が決定したものだ……我は王太子として、当時の重鎮たちに再考するよう再三述べていたのだが……その忠告は聞き入れられる事なく今に至ってしまった。我が臣下たちには苦渋を味わわせていた事を知りながら、対処が現在まで掛かってしまった事を申し訳なく思う」
謝罪する陛下に、貴族たちが感極まって鼻を啜っている音が周辺から起こる。
「だが、この度婚約は白紙になった。そして白紙になった彼女の処遇であるが……ソラル帝国のガメス公爵との縁談を受けてもらう事となった」
声を高くして……嬉しそうに話す陛下に、周囲の興奮もどんどん高まっていく。そして陛下が口を開く様子がないのを良い事に、すぐに面白おかしく好き勝手話し出す。
「あの『血濡れの死神』と呼ばれる野蛮な男の元へか!」
「成程、血濡れの死神の妻は数年前に亡くなったと聞く。きっと後妻として入るのだろうな」
「穢れた血を追い払うのにうってつけだ! しかも相手はもう年寄りだろう! これほど愉快なことはないな!」
「息子も同じようなものらしいな! 良いじゃないか、穢れた血には相応しい縁談だ!」
血濡れの死神とは、がメス公爵に対する蔑称だ。
戦場で漆黒の鎧をまとい、まるで死神のような体よりも大きな鎌を振り回し、その力と武器捌きで一度に十数人もの相手を倒したという。御歳も五〇を超えているらしい。
……そんな相手に私が嫁ぐのだという。
王国の貴族たちはさぞかし愉快だろう。特に陛下は。
私が何も言い返せない悔しさから唇を噛み締めていると、陛下が芝居がかった声で、高らかに告げた。
「そうだ! ホイートストン公爵の協力で、『穢れた血』の追放が可能になったのだ! ……公爵、説明は其方に任せた」
静寂の中、右側から足音が近づいてくる。
見ずとも分かる。血縁上の父――ホイートストン公爵だ。足音は私のすぐ前で止まり、彼は一礼して話し始めた。
「さて、陛下からご紹介にあずかりました私、ホイートストンの考えでございます。まず長女のエスペランサと次女のブレンダの立場を入れ替える事にいたしました」
公爵は笑いを噛み殺しながら話しているのか、時々声が震えている。本当は高笑いしたくて堪らないのかもしれない。
「この娘は穢れた血である母親の影響か、魔力量の乏しいこの娘には、制約魔法がよく効きます。既にガメス公爵にはエスペランサの姿絵と共に『ブレンダ・ホイートストンは言葉が発せない』旨をお伝えしております……ここまで来れば、皆様にも計画を理解していただけたかと」
彼の言葉に同調する空気が周囲に流れる。
「成程、魔法で声を封印して送り出すのか」
「魔力の低い帝国では高度な魔法の解除は不可能だ、と考えての事か」
「だが、声が出なくても文字を書く事ができる。そこはホイートストン卿、どう対応されるつもりか?」
「それについても問題はありません。声の封印以外にも幾つかの制約魔法をかける予定です。到底帝国が知り得ない魔法ですし、解除も不可能でしょう。我が娘であるブレンダには名前を取り替える、という苦行を強いてしまいますが、了承を得ています」
全員の視線が一斉にブレンダへと向いたような気がした。その視線を受けたからか、彼女は小声で「お国のためですから」と庇護欲をそそる声色で答えている。
「なんて健気なんだ……」
「ブレンダ様こそ、王妃に相応しい!」
ブレンダの言葉にあちらこちらから歓呼の声が上がる。この時点でこの場にいる王侯貴族たちは計画の成功を確信しているのか、拍手が沸き起こった。
「エスペランサ嬢の出立は明日となる。皆、今日のこの良き日を迎えられた事を感謝する。良くぞ今まで耐え忍んでくれた!」
陛下の声にわああぁぁぁ!!と、貴族たちの熱気は最高潮に達する。その中で私は陛下より指示を受けた従者によって退室を促された。
貴族たちの喚声と陛下や公爵家の侮蔑の視線を受けながら、私は広間を後にした。
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