9.昭島クジラと、空に響く「友情」
巨大な影が、スクーターを走らせるピコの頭上をゆっくりと横切りました。見上げると、そこには雲のように大きな、けれど金属の質感を残した不思議な「クジラ」が空を泳いでいました。
かつての街、タチカワの隣にある「アキシマ」の空をずっと守ってきたその巨体は、ところどころ塗装が剥げ、長い年月の風雪を物語る錆びた色をしていました。けれど、その瞳のようなセンサーだけは、ピコを見つめて優しく点滅しています。
「zzzz……zzzz……」
低く、お腹に響くような駆動音。ピコが不思議そうに見上げると、胸元のチェンが瞬いて翻訳を始めました。
『ピコ、言語解析が完了しました。旧時代の日本語です。――「ようこそ昭島へ。私は昭島クジラ。あなたの旅に祝福を」……と言っています。』
ピコはスクーターを止め、空に向かって大きく手を振りました。
「こんにちは、クジラさん! 僕はピコ。あそこにある、くるくる回っているところに行きたいの。案内してくれる?」
すると、巨大なクジラは嬉しそうに尾びれのような舵を揺らし、ピコの少し前をゆっくりと先導し始めました。
最後のクジラと、新しい友達
クジラは空から街の様子を教えてくれました。
「案内しましょう……。風車の丘に住む人たちは、ちょうど一年ほど前にやってきました。彼らは土を耕し、新しい種を蒔いています。」
チェンの声を介して聞こえるクジラの言葉は、どこか遠い過去を懐かしむような、穏やかな響きでした。
「クジラさんは、ずっと一人なの? 友達はいないの?」
ピコの純粋な問いに、クジラは少しだけ速度を落としました。
「……ずっと前に、私の友達たちはみんな動かなくなりました。メンテナンスをしてくれる人もいなくなり、空を飛んでいるのは私一人です。私は、最後の昭島クジラなのです。」
その言葉を聞いて、ピコはテラじいちゃんたちの村を思い出しました。自分たちの村も、いつかはこのクジラさんのように、静かに最後を迎えるのかもしれない。 でも、今のピコにはチェンがいて、そして目の前には大きなクジラさんがいます。
「それなら!」
ピコは声を弾ませて言いました。
「それなら、僕たちがこれから友達になろう! 僕とチェンと、クジラさんで。そうすれば、もう最後の一人じゃないよ」
丘へのプロムナード
その瞬間、クジラの巨体が震えるように「ヴォーーン」と鳴り響きました。それは悲しい音ではなく、まるで古いオルゴールが再び動き出したような、歓喜の音でした。
「わあ、クジラさんが笑った!」
空からの護衛: 巨大なクジラが低空を泳ぎ、ピコのスクーターに寄り添うように進みます。
近づく風車: クジラの影に導かれ、丘の上の白い風車がどんどん大きくなってきました。そこには、一年前にやってきたという人々の姿も見え始めています。




