8.旅立ちの朝、手渡される「命」のバトン
その日は、これ以上ないほど澄み渡った朝でした。 村を包む空気はひんやりと心地よく、朝露に濡れた草花が、原子炉の青い光を反射してキラキラと輝いています。
ピコが目を覚ますと、そこには村に住むすべての人々が集まっていました。
おばあさんたちの贈り物: 「ピコ、これを持ってお行き。お腹が空いたら食べるんだよ」 竹の皮に包まれた温かいおにぎりと、黄金色に輝く干し芋。それは、腰の曲がった彼女たちが、自分たちの分を少しずつ削って用意した、村で一番のご馳走でした。
おじいさんたちの願い: 「たくさん、人に出会うといい」 「この世界の広さを、お前の目で見てきておくれ」 一人一人がピコの小さな手を握り、静かな、けれど力強い言葉をかけました。彼らにとって、ピコを送り出すことは、自分たちが守ってきた「人類の記憶」を未来へ託すことでもありました。
黄金のスクーターと、テラの祈り
テラが持ってきたのは、昨晩遅くまで磨き上げられた電動バイクでした。 傷だらけだったボディは誇らしげに光を放ち、原子炉のエネルギーを満載したバッテリーが、静かな唸りを上げています。
「さあ、ピコ。新しい世界への旅立ちだ」
テラはピコをバイクに乗せ、その首にかかったチェンを軽く叩きました。
「チェン、ピコを頼んだぞ。……ピコ、前だけを見て走りなさい。お前の後ろには、私たちがついている」
遠ざかる青い火、近づく風の音
ピコがアクセルをひねると、バイクは軽やかに地面を蹴りました。
「いってきます! じいちゃん、みんな!」
ピコが振り返ると、村の境界線で手を振る老人たちの姿が見えました。 彼らはもう追いかけてはきません。彼らは、役割を終えた古い機械たちと同じように、この静かな村で、ゆっくりと「終わりの時」を待つのです。
「ピコは未来を掴みに行った。私たちはここで、静かに眠りにつこう」
誰かが呟いたその言葉は、風に乗ってピコの耳には届きませんでした。 村の中央では、原子炉が今日も淡いチェレンコフ光を放ち、最後の一人が去った後も、静かに、ただ静かに輝き続けていました。
旅の始まり:丘の上の静寂
村が小さくなり、やがて丘の陰に隠れました。 ピコの隣には、もうテラはいません。聞こえるのは、風を切る音と、バイクのモーター音、そして胸元から響くチェンの声だけです。
『ピコ、視界良好です。これより旧・立川エリアへの進入を開始します。……怖くはありませんか?』
ピコはハンドルを握り直し、丘の向こうに広がる「緑に呑まれた巨大な街」を見据えました。
「……うん。チェンがいるもん。それに、おにぎりもたくさんあるしね!」
ピコとチェンの、世界で一番静かで、一番キラキラした冒険が、今ここから始まりました。




