7.眠れる巨都、タチカワの残像
ピコが握りしめた青い石――チェンの光が、質問に答えるように少しだけ強く輝きました。
ピコにとっての「丘の向こう」は、想像もつかない未知の場所。けれど、チェンの中に眠る数百年分の地図データは、その場所の古い名前を正確に記憶していました。
「ねぇ、チェン。丘の向こうには、何があるの?」
ピコの問いかけに、チェンの青い光が波打つように揺らめきます。
『……解析中。丘の向こう、北西15キロメートル地点。かつてその場所は「タチカワ」と呼ばれていました。』
「タチカワ?」
ピコは初めて聞くその名前を、不思議な呪文のように繰り返しました。
『はい。いえ……今のあなたに分かりやすく言うならば、そこには「大きな街」があります。』
失われた景色の描写
チェンは、かつてのデータベースに残っている画像を、ピコの脳裏に直接見せることはできません。けれど、その穏やかな声は、まるで目の前に景色が広がっているかのように鮮明でした。
かつての姿: 数えきれないほどの「箱」が空高く積み上がり、そこには今の村の何千倍もの人々が、アリのように列をなして歩いていた場所。
今の姿: 人々の姿はなく、代わりに「緑の毛布(森)」が街全体を優しく包み込んでいる場所。
「大きな街……。そこにも、テラじいちゃんみたいな人がたくさんいるの?」
『いいえ、ピコ。タチカワの街は、もうずっと前に眠りにつきました。でも、あなたが丘の上から見た「風車」のあたりには、新しく根を下ろした人々の小さな鼓動が感じられます。』
テラの横顔
その会話を隣で聞いていたテラは、静かに目を細めました。「タチカワ」。その古びた地名を耳にするのは、彼がまだ子供だった頃、自分の祖父から聞いて以来のことかもしれません。
「……そうか、あそこはタチカワだったか。ピコ、あそこにはかつて、空を飛ぶ鉄の鳥や、線路の上を走る銀色の蛇がいたんだよ。今はもう、ただの静かな森だろうがね」
テラはピコの頭を優しく撫でました。
「チェンがいれば、迷うことはない。タチカワの街を通り抜けて、その先の風車を目指すんだ。そこが、お前の新しい世界になる」
その夜、ピコはチェンの青い光を見つめながら、まだ見ぬ「タチカワ」という街を想像しました。 それは、恐ろしい場所ではなく、チェンの声のように静かで、少しだけ寂しく、けれどキラキラとした場所のように思えました。




