3.瞬きする世界、初めての「疾走」
テラがゆっくりとアクセルを回すと、バイクは「ヒュィィィン……」という静かな、けれど力強い唸りを上げました。
「おっと……しっかり掴まってな、ピコ」
ピコは、テラの大きな、カサカサした腕の中にすっぽりと収まり、ハンドルの間にしがみつきました。 タイヤが砂利道を抜け、かつての文明が遺した滑らかなアスファルトを捉えた瞬間、景色が横に流れ始めました。
風の色、世界の広さ
「わあっ……!」
ピコが声を上げました。 今まで、自分の足で一歩ずつ確かめてきた地面が、今はまるで生き物のように後ろへ流れていきます。
視界の魔法: 止まっているように見えた道端の木々が、次々と後ろへ走り去ります。
風の手触り: 頬を叩く風は、歩いている時よりもずっと冷たく、けれど太陽の匂いがしました。
音の輝き: 原子炉から分けてもらった電気の力で、バイクはまるで滑るように走ります。
「じいちゃん、すごい! 世界が、世界がキラキラ動いてる!」
村の広場を通り過ぎる時、腰を曲げて畑を耕していた老人たちが、驚いたように顔を上げました。彼らの目には、青い光の残像を引いて走る二人の姿が、遠い昔に失われた「若さ」そのもののように映ったかもしれません。
「もっと、もっと先へ!」
村の境界線である、小さな橋が見えてきました。 いつもなら、ピコの散歩はここで終わりです。けれど、今の彼にはバイクという「翼」があります。
「テラじいちゃん、もっと! もっと遠くへ行って!」
ピコは興奮で顔を赤くし、叫びました。
「この橋を渡ったら何があるの? あの丘のてっぺんまで行ける? もっと、もっと早く走って!」
テラは、ハンドルの隙間から見えるピコの、キラキラと輝く瞳を見つめました。 その瞳には、この村の誰もが忘れてしまった「明日への期待」が溢れていました。
「……ああ、行こう。ピコ。バッテリーが許す限り、どこまでも行こうじゃないか」
テラは少しだけアクセルを深く回しました。 二人は、夕暮れに染まり始めた黄金色の荒野へと、吸い込まれるように進んでいきました。




