26.井の頭公園のステージ
国分寺の穏やかな空気から一転、武蔵小金井から三鷹にかけての景色は、かつての巨大な文明が「植物の海」にゆっくりと沈んでいくような、静謐で圧倒的な光景でした。
井の頭公園:森の中の舞台
スクーターが吉祥寺の入り口、井の頭公園の跡地に差し掛かったとき、鬱蒼とした森の奥から、聞き慣れない「大きな声」が響いてきました。
かつての屋外ステージ。そこには、色とりどりの布を継ぎはぎした衣装を纏った人々が、大げさな身振り手振りで叫び、笑い、泣いていました。観客はわずか数人。けれど、その空間には電気を使わない剥き出しのエネルギーが満ちていました。
1. 「失われた群衆」への問い
ピコはスクーターを止め、吸い寄せられるようにその劇を見つめました。ヨコタの記録映像で見た「都会」とはあまりに違う、緑に飲み込まれた静かな街。
「……町にはたくさんの人が住んでいたってチェン(記録)にはあるけど、とても信じられないな。人はほんの僅かしかいないし、町のほとんどは植物だらけだ。昔住んでいた人たちは、みんな、どこへ行っちゃったんだろう……」
ピコがぽつりと零したその言葉は、舞台の上の男の耳に届きました。
2. 旅の役者との対話
男は劇を中断することなく、軽やかなステップで客席の最前列まで来ると、ピコに向かって仰々しくお辞儀をしました。
「おや、随分とまぁ珍しいお客さんだね。……あんたは、アメリカ人かい?」
「アメリカ人……? 僕はヨコタから来たんだ。ずっと昔、おじいさんたちはそう呼ばれていたらしいけど」
「ほう、ヨコタ! あの『青く光る禁忌の地』からか! ならば、君がまとうその光も納得だ。……見てごらんよ、君のその髪。まるで、かつての太陽をそのまま紡いだような素敵な色をしているじゃないか」
3. 金色の髪の意味
男に指摘され、ピコはハッとして自分の髪に触れました。
フウカの黒い髪、ゲンさんの黒い髪。殿ヶ谷戸で出会った人たちの黒い髪。
これまで当たり前だと思っていた自分の「金色の髪」が、この緑一色の世界において、どれほど異質で、どれほど特別な「ルーツの証」であるかを、ピコは初めて突きつけられたのです。
『ピコ、あなたの遺伝子情報は、この地域のマジョリティとは異なる系統を示しています。それが、あなたが「外の世界」から来たという、何よりの証明なのです。』
チェンの冷静な補足が、ピコの胸に不思議な誇らしさと、ほんの少しの孤独を刻みました。
役者が語る「消えた人々」の行方
役者の男は、舞台の縁に腰掛け、遠い空を見上げました。
「君が探している『昔の人たち』かい? 彼らはどこへも行ってやしないさ。みんな、この土の下、あるいはあのビルを覆う蔦の一部になったんだ。……ただね、僕ら役者は信じているんだ。彼らの『想い』だけは、この風や、君のような旅人の心に乗り移って、今も旅をしているんだってね」
ピコはその言葉を噛み締めました。ただの廃墟だと思っていたビルが、急に「誰かが生きていた証」として、重みを持って迫ってくるように感じられました。




