22.黄金の夜。祭りの喧騒と、潮騒の予感
風車の修理が成功し、村に灯った明かりは、昨日までのそれとは違う「希望の輝き」を放っていました。その晩、昭和記念公園の広場では、ピコを歓迎する盛大な祭りが開かれました。
ピコにとって、それは初めて体験する「人間の熱気」でした。
色とりどりの衣装、若い女性たちが、大切に保管されていた色鮮やかな布を身に纏い、手拍子に合わせて踊ります。
響く歌声、ヨコタの村にあったのは、機械の低い唸りと老人の呟きだけでした。けれどここには、空に突き抜けるような若い歌声が溢れています。
フウカの視線、踊りの輪の中で、フウカは何度もピコの方を振り返りました。ピコが楽しそうに笑うたび、フウカの胸は自分のステップよりも速く高鳴ります。
遠い「海」の記憶
宴もたけなわの頃、二人は少し喧騒を離れ、静かに回る風車のふもとに座りました。夜風が、祭りの火の熱を優しく冷ましてくれます。
「……ピコ、楽しんでる?」
「うん。すごく不思議で、すごく楽しいよ。僕の村とは、全然違う」
フウカは遠くの暗闇を見つめながら、ぽつりぽつりと話し始めました。
「私たちね、ちょうど一年くらい前にここに引っ越してきたの。……ずいぶん長い旅だったわ」
「長い旅?」
ピコは、自分の住むヨコタと立川の間にある「15キロ」という距離さえ大冒険だと思っていました。フウカの言う「長い旅」に、ピコの好奇心が強く反応します。
「そう。このずっと、ずっと向こう。私たちが生まれた場所には、大きな『海』があったの」
海って、なあに?
ピコは聞き慣れない言葉を、そっと口の中で繰り返しました。
「海……? 海って、なあに?」
フウカは少し困ったように笑って、両手を大きく広げました。
「うーん……とっても、とっても大きな水たまり! どこまでも続いていて、舐めるとしょっぱいの。それに、生き物みたいに『波』が寄せては返して……。青くて、キラキラしていて、空が地面に落ちてきたみたいに広いのよ」
『補足します、ピコ。海とは、地球の表面の約70%を占める塩水の塊です。かつての人類は、そこから糧を得、風を利用してその上を旅しました。』
チェンの解説が頭に流れ込みますが、ピコにとってそれはデータ以上の「何か」に聞こえました。ヨコタの原子炉の「チェレンコフ・ブルー」よりも深く、広い青。
「しょっぱい水たまり……。空が落ちてきたみたいな青……」
ピコは想像しました。白い風車の羽根が、その「海」から吹いてくる潮風を受けて回る姿を。
「僕も、見たいな。その『海』を」
「本当? いつか、一緒に行けるかな」
フウカがピコの顔を覗き込みました。その黒い瞳には、祭りの灯火と、少しの期待が写っていました。
新しい地図の始まり
ピコの中に、新しい目的地が生まれました。 「ベアリングを届ける」というなすべきことを終えたピコは、今、自分の意志で「世界の先」を見てみたいと願い始めたのです。




