14.眠れる王子様と、月夜の語らい
ピコが案内されたのは、スイさんが丁寧に干した、太陽の匂いのするふかふかのお布団でした。ヨコタの基地にあった冷たく機能的なベッドとは違い、それは吸い込まれるように柔らかく、ピコを包み込みました。
「……ふにゃ……」
小さな寝息を立てて、ピコはまたたく間に眠りの深淵へ。その胸元で、チェンもまた、ピコの安らかなバイタルデータを確認しながら、微かな青い光をまたたかせてスリープモードに入りました。
女たちの夜会
隣の部屋では、スイ、ミオ、そして目が冴えてしまったフウカの三人が、小さなランプを囲んで声を潜めていました。話題はもちろん、今日やってきた不思議なゲストのことです。
「ねえフウカ、本当におとぎ話から抜け出してきたみたいね」 ミオが、自分の黒い髪を指でいじりながらため息をつきました。 「あの金色の髪……夕日を浴びて走っているとき、本物の王子様かと思ったわ。私たちの周りには、お父さんみたいな黒い髪の人しかいないもの」
スイさんも、温かいお茶を注ぎながら頷きます。 「あの青い瞳も不思議ね。あんなに澄んだ色は、昔の絵本でしか見たことがなかったわ。それに、あの『鉄の馬』……スクーターだったかしら? あんなに速く動くものを直せる人が、まだ西の方にはいたのね」
退屈な日々に落ちた「奇跡」
立川に移り住んで一年。 毎日、土を耕し、風車を見守り、同じ景色の中で暮らしてきた彼女たちにとって、生活は平和でしたが、どこか色褪せたリピート放送のようでもありました。
ミオの期待: 「あの子、明日は何をお話ししてくれるかしら? 私たちの知らない外の世界のこと、もっと聞きたいわ」
スイの慈しみ: 「言葉は少し違うけれど、あの子の瞳はとても優しかった。きっと、大切に育てられたのね」
フウカの熱い胸の内: 二人が話すのを、フウカは顔を赤くして聞いていました。 (王子様……。うん、そうかもしれない。でも、一緒に走っているときのピコは、私と同じ『こども』だった。私の知らない風を連れてきてくれたんだもん)
静かな夜の守り人
窓の外では、大きな昭島クジラが月光を浴びて、公園の広場に静かに着陸していました。 かつての文明が遺した「鉄のクジラ」と「青い石のAI」、そして「ヨコタの少年」。 それらが立川の家族と出会ったことで、止まっていた世界の歯車が、カチリと音を立てて新しく回り始めたような、そんな予感に満ちた夜でした。




