1.青いキラキラと村の夜
村の端、ツタに覆われたドーム状の建物の中に、その「神様」はいます。
「テラじいちゃん、今日はいつもよりキラキラしてるね」
ピコがのぞき込むと、地下の深い水槽の底で、透き通った青い光(チェレンコフ光)が揺らめいていました。それは村の街灯を灯し、冬の暖房を作るための、古の魔法です。
「ああ。この火が消えるとき、この村も長い眠りにつくんだよ」
老人は笑って、震える手でレバーを調整します。彼が作っているのは新しい製品ではなく、ただ「昨日と同じ今日」という時間そのものでした。
村の端にある廃棄場は、ピコにとって一番の遊び場でした。けれど、そこにある「鉄の死体」たちが何だったのか、彼は一度も考えたことがありません。
テラが選んだのは、流線型の白いボディをした一台の電動バイクでした。塗装は剥げかけ、ツタがハンドルに絡みついていましたが、その形はどこか、今にも飛び立ちそうな鳥に似ていました。
どこまでも続く道の話
「よいしょ、よいしょ……」
テラが腰を丸め、重いバイクをゆっくりと原子炉のある方へ押していきます。タイヤが砂利を踏む、サリ、サリという音だけが静かな村に響きます。ピコはその横を、跳ねるように歩きながら尋ねました。
「テラじいちゃん、それはなあに?」 「これかい? これは『バイク』という乗り物だよ、ピコ」
ピコは首をかしげました。「のりもの」。初めて聞く言葉でした。
「のりものって、何をするもの?」 「これに跨って、風を切って、どこまでも遠くへ行くためのものさ」
ピコは足を止め、村を囲むなだらかな丘を見つめました。ピコにとっての世界は、この丘の内側がすべてです。丘の向こうには、たぶん空があるだけ。
「遠くって……丘の向こうのこと? そんなところに、何があるの?」
テラはバイクを原子炉の入り口にある充電ポストに繋ぎました。古びた端子を差し込むと、原子炉から流れるわずかな電気が、バイクのインジケーターに小さな、小さな青い光を灯しました。
「何があるんだろうねぇ。……昔はね、このバイクで何日も走り続けられるほど、世界は広かったんだよ」
目覚める「鉄の鳥」
テラがスイッチを入れると、バイクの奥底から「キィーン」という、耳鳴りのような細く高い音が聞こえてきました。それは村のどんな動物も出さない、硬くて、それでいて透き通った音でした。
「ピコ、そこに座ってごらん。今、この子にエネルギーを分けてあげているところだ。お腹がいっぱいになったら、お前を丘の向こうまで連れて行ってくれるかもしれないよ」
ピコはおずおずと、まだ少し冷たいシートに触れました。 「どこまでも……」 ピコは、テラが言う「遠く」という言葉を口の中で繰り返してみました。それは、この村に流れる穏やかな時間とは違う、何か新しい「キラキラ」した予感がしました。




