第8章:頑固爺さんと、黄金の古代麦
村外れの荒れ地にポツンと建つ小屋。
そこには「麦じい」と呼ばれる変わり者の老人が住んでいた。彼はギルドの指定する品種改良された小麦を拒み、先祖代々の土地で細々と農業を続けているらしい。
「帰れ! ギルドの手先なんぞに売る麦はねえ!」
小屋の戸を叩くや否や、怒鳴り声と共に鍬が飛んできた。
「わっ! 違います、じいさん! 俺たちはパン屋だ!」
ゴルドが慌てて避ける。
小屋から出てきたのは、日焼けして樹皮のような肌をした老人だった。眼光は鋭く、全身から人間不信のオーラが出ている。
「パン屋だと? はんっ、どうせ泥みてぇな小麦粉を固めただけの石ころを作る商売だろ。わしの麦はな、そんな粗末な扱いに耐えられんのだ」
老人は吐き捨てるように言った。
なるほど。彼はただ偏屈なわけではない。自分の麦に誇りを持っているからこそ、不味いパンにされるのが我慢ならないのだ。
僕は一歩前に出た。
「じいさん。あなたの麦畑、見せてもらいましたよ。雑草だらけに見えますが……あれは『スペルト小麦』、いえ、もっと原種に近い『古代小麦』ですよね?」
老人の眉がピクリと動いた。
「……ほう。若造が、麦の種類がわかるのか」
「ええ。粒が硬い殻に守られていて、病気に強い。収穫量は少ないし脱穀も大変ですが、味と香りは現代の小麦とは比べ物にならないほど深い。……違いますか?」
僕のスキル【魔酵母】には見えていた。彼の畑の上空には、力強い生命力を持った野生酵母たちが渦を巻いているのが。あれは、最高の麦がある証拠だ。
「ふん……口だけは達者なようだな」
老人は鼻を鳴らしたが、少しだけ興味を持ったようだった。
「だが、わしの麦はグルテンが少ねえ。今のパン作りじゃあ膨らまねえし、ボソボソになるだけだぞ」
「だからこそ、僕の技術と酵母が必要なんです」
僕は懐から、残り少ない小麦粉で焼いた最後のバゲットの切れ端を取り出した。
「食べてみてください。これが僕の焼くパンです」
老人は疑わしげにパンを受け取った。
匂いを嗅ぐ。
「……いい香りだ。粉の香りを殺してねえ」
一口かじる。
老人の動きが止まった。咀嚼するたびに、彼の険しい表情が少しずつ解けていく。
「……中が、柔らかい。それに、甘いな。麦そのものの甘みだ」
「あなたの育てた古代小麦なら、もっと香り高くなる。ナッツのような芳醇な香りがする、最高のパンが焼けます」
僕は真っ直ぐに老人の目を見た。
「ギルドに供給を止められました。僕にはあなたの麦しかないんです。……僕に、あなたの麦を一番美味しく焼かせてくれませんか」
長い沈黙が流れた。
風が吹き抜け、荒れ地の草がざわざわと揺れる。
やがて、老人はふうっと息を吐き、鍬を下ろした。
「……倉庫にある分なら、持っていけ」
「本当ですか!?」
「ただし! 不味いパンにしたら承知しねえぞ。わしの麦は気難しいからな」
「ありがとうございます! 約束します、世界一のパンにしますよ!」
こうして、僕たちはギルドの支配が及ばない、独自の小麦ルートを手に入れた。
だが、老人の言う通り、この古代小麦は一筋縄ではいかない「じゃじゃ馬」だった。
次回、石臼との格闘、そして茶色い宝石『カンパーニュ』の誕生へ。




