表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
タイトル:『異世界パン屋 ~魔酵母(マギ・イースト)と共に、剣と魔法の世界をふっくらさせます~』   作者: まこーぼ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/36

第5章:石窯と、はじめてのバゲット

それでは、第5章です。手に入れた「白金酵母」と、パン作りに不可欠な「石窯」作りへと進みます。

 森から持ち帰った『白金酵母』の威力は凄まじかった。


 試しに少量の粉と水で培養してみると、通常の数倍の速度で発酵が進むだけでなく、柑橘系のような爽やかな香りを放ち始めたのだ。これはただ膨らませるだけではない。小麦の旨みを極限まで引き出し、保存性も高める「魔法の酵母」だ。


 だが、この素晴らしい生地を焼くための舞台がまだない。


かまを作るぞ、ニーナちゃん」

「カマ? 草を刈るやつ?」

「違う違う。パンを焼くための、石でできた小さな家みたいなものさ。宿屋の裏庭、少し借りてもいいかな?」


 ゴルドに相談すると、「あの美味いパンがもっと食えるようになるなら、裏庭どころか離れを潰してもいいぞ」と即答された。パンの魔力は頑固親父をも従順にさせるらしい。


 僕は村外れの河原から、耐熱性の高そうな石を大量に運んできた。さらに粘土質の土と藁、水を混ぜて接着剤代わりのタレを作る。


 僕が目指すのは、フランスの伝統的な薪窯まきがまだ。ドーム型の天井を持ち、熱を均一に対流させ、床石ハースからの蓄熱で生地を一気に持ち上げる。


「よーし、やるぞ!」


 僕とニーナ、そして途中から面白がって参加してきたゴルドの三人で、泥だらけになりながら石を積んだ。

 ドームのアーチを作るのは難しいが、そこは前世での知識と【魔酵母】の応用が役に立った。土の中の微細な菌たちに魔力を送り、粘土の結合を強化させることで、コンクリート並みの強度を持たせたのだ。


 三日後。

 宿屋の裏庭に、無骨だが愛らしい、ドーム型の石窯が完成した。


「これが……パンの家?」


 ニーナがすすけた顔で窯を見上げる。


「ああ。まずは火入れをして、中を乾かさないとね」


 窯の中で薪を燃やす。炎がドームの天井を舐め、石が白く変色していく。十分に熱が蓄えられたところで、燃えかすを脇に寄せ、濡れた布で床を清める。


 準備は整った。

 僕は厨房に戻り、一晩かけて低温でじっくり発酵させておいた生地を取り出した。


 今回は、パン職人の腕が最も試されるパン――『バゲット』だ。

 材料は小麦粉、水、塩、酵母のみ。誤魔化しが効かない。


 生地を細長く成形し、カミソリ代わりのナイフで表面にクープ(切れ込み)を入れる。

 スッ、スッ、スッ。

 迷いのない五本の線。これが窯の中で開き、美しい模様となる。


「いってらっしゃい」


 長い木べら(ピール)に生地を乗せ、熱い窯の中へと滑り込ませる。


 じゅぅっ。


 生地が熱い床石に触れ、水分が蒸発する音。

 僕は素早く手桶の水を窯の中に打ち水し、木の蓋を閉じた。蒸気スチームが重要だ。これがあることで、パンの表面がパリッと硬く、艶やかに焼き上がる。


 二十分後。

 裏庭には、これまで村人が嗅いだことのないような、濃厚で香ばしい匂いが充満していた。

 宿屋の客だけでなく、近所の住人たちも塀の上から顔を覗かせている。


「そろそろだな」


 蓋を開ける。

 熱気と共に、黄金色の輝きが溢れ出した。


「うわぁ……!」

 ニーナが感嘆の声を漏らす。

 取り出されたのは、美しいキツネ色に焼き上がり、クープが鮮やかに開いた(エッジが立った)バゲットたちだ。


 冷たい外気に触れると、パンの表面からパチパチ、ピキピキと小さな音が聞こえ始めた。


「パンが……鳴いてる?」


「『天使の拍手』って言うんだ。上手く焼けた証拠だよ」


 粗熱が取れるのを待ちきれず、僕は一本を手に取り、ナイフを入れた。

 ザクッ。

 乾いた高い音。断面クラムには、大小様々な気泡が艶やかに光っている。


「さあ、みんな。焼きたてのバゲットだ。今までの柔らかパンとは一味違うぞ」


 見物していた人々に切り分けたパンを配る。

 ゴルドが一番に口に入れた。


 ガリッ、ザクッ。


 しっかりとした噛み応えのあるクラスト。しかし、中はもっちりと瑞々しい。


「……なんだこれは。硬いのに、硬くない!?」


 ゴルドが混乱したような声を上げる。


「皮はパリパリで香ばしいのに、中はスープを吸ったみたいにしっとりしてやがる! 噛むたびに味が濃くなるぞ!」


「うーん! おいしーい!」


 ニーナは両手で頬を押さえて身悶えしている。


「皮のところがちょっと苦くて、でも中が甘くて……これ、何もつけなくてもいくらでも食べられちゃう!」

 集まった村人たちも次々に歓声を上げる。

 

「おい、俺にも売ってくれ!」

「こっちが先だ!」

「銀貨一枚出すぞ!」


 僕は焼き立てのバゲットの山を見つめながら、確かな手応えを感じていた。

 石のようなパンしかなかったこの世界に、ついに「ハード系パン」の美味しさが伝わった瞬間だった。


 だが、この騒ぎが大きくなりすぎたことは、新たな火種を生むことにもなる。

 人混みの後ろで、上等な服を着た男が一人、険しい顔で僕とバゲットを睨みつけていることに、僕はまだ気づいていなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ