最終章:世界を一つにする食卓
腐敗の王との決戦から、一年が過ぎた。
世界は急速に復興を遂げていた。あの戦いで撒かれた『聖パン』の胞子は、大地を浄化するだけでなく、土地を豊かにする効果もあったようで、今年はかつてない大豊作となっていた。
そして今日、王都の中央広場には、世界中から人々が集まっていた。
『世界復興祭』と銘打たれた、巨大なパン祭りだ。
「いらっしゃいませー! ドワーフ特製、ビールに合う『おつまみブレッド』はいかが!」
威勢の良い声を上げているのは、バルガス率いるドワーフの職人たちだ。彼らの屋台には、昼間から赤ら顔の客が殺到している。
「こちらはエルフの森の恵み、『フルーツとハーブのデニッシュ』ですよ」
隣の屋台では、シルヴァンたちエルフが優雅にパンを並べている。繊細な細工が施されたパンは、特に女性客に大人気だ。
「魚人族の『海藻塩パン』も忘れないでね!」
水の都から来たマリンも、水槽付きの特製屋台で元気に売り子をしている。
かつては互いに干渉しなかった種族たちが、同じ広場でパンを焼き、笑い合っている。
「……いい光景だな」
広場を見下ろすバルコニーで、ジャン=リュックがワイングラスを傾けた。
「ああ。これが見たかったんだ」
僕はコックコートの襟を正した。
僕の店『ベーカリー・タクミ』も、今日は王都に出張店舗を出している。
「タクミさん! もう、どこ行ってたの! 行列がすごいことになってるよ!」
ニーナが慌てて呼びに来た。彼女はすっかり看板娘として板につき、今では店の実質的な支配者(?)だ。
「ごめんごめん。すぐ行くよ」
店に戻ると、そこには見慣れた顔ぶれが並んでいた。
村のゴルド親父、麦じい、そして……改心して農業に目覚めた元菌使いのマイコとアスペル兄弟の姿もある。
「パン屋のお兄さん! ボクの作ったキノコ、シチューパンに使ってよ!」
「おう、任せとけ。美味しく調理してやる」
僕は厨房に立ち、生地を手に取った。
【魔酵母】のスキルを発動させる。
空気中には、無数の菌たちが舞っている。
かつては敵対していた菌も、今では調和し、世界を彩る一部となっていた。
「さあ、焼くぞ。世界で一番美味しいパンを!」
生地を丸め、窯に入れる。
香ばしい香りが広場いっぱいに広がり、人々の笑顔を包み込んでいく。
異世界に転生して、パン屋になって、本当によかった。
僕の冒険はこれで一区切り。
でも、パン作りは終わらない。明日の朝も、誰かのお腹を満たすために、僕はパンを焼き続けるだろう。
「いらっしゃいませ! 焼きたてですよ!」
異世界パン屋、今日も元気に開店です。
(完)




