第34章:腐敗の王と、最後の晩餐
黄金色の光の柱は、王都を覆っていた黒いドームを内側から食い破り、紫色の空を晴らしていった。
光の粒子(胞子)が雪のように降り注ぐと、石化した市民たちのカビが剥がれ落ち、生身の体が戻ってくる。
「行ったぞ! 王城だ!」
僕たちは混乱する敵を突破し、本丸である王城の最上階、玉座の間へと駆け込んだ。
そこには、異様な存在が待っていた。
玉座に座っているのは人間ではない。無数の黒い菌糸が絡まり合い、人型を模した不定形の怪物。
『よく来たな、発酵の使い手よ』
声は空気の振動として直接脳に響いてくる。
「お前が『腐敗の王』か!」
『そうだ。我は世界を腐らせ、土に還す者。……なぜ邪魔をする? 腐敗こそが安らぎだ。形あるものは崩れ、混ざり合い、等しく無になる。それこそが究極の平和ではないか』
王の周りの空間が歪む。圧倒的な瘴気だ。
「違う!」
僕は叫んだ。
「形をなくすのが平和じゃない! 変わるんだ! 小麦がパンになるように、ブドウがワインになるように! 別の何かに生まれ変わって、誰かを笑顔にする……それが『発酵』だ! それが生きるってことだ!」
『愚かな……。ならば、貴様らも土に還れ』
王が手を掲げると、部屋中の空気が毒素に変わった。
ニーナたちが苦しげに膝をつく。
「タクミ……息が……!」
僕も意識が遠のきそうだ。だが、手の中にはまだ『究極のパン』の最後の一切れがある。
「食べてみろ!!」
僕は最後の力を振り絞り、ダッシュした。
王の放つ黒い触手をかわし、瘴気の壁を【魔酵母】のバリアで突き破る。
『無駄だ!』
王の目前まで迫ったその時、僕の体は限界を迎え、足がもつれた。
「タクミィィィッ!!」
ジャン=リュックが叫ぶ。
倒れ込む僕。だが、その手からパンが離れた。
スローモーションのように、黄金色のパンが宙を舞う。
それは吸い込まれるように、菌糸の怪物の「口」のような裂け目へと飛び込んだ。
パクッ。
時が止まった。
『……なんだ、これは?』
王の動きが止まる。
『熱い……いや、温かい。甘い……? これは、生命の味か?』
黒い菌糸の体が、内側から黄金色に輝き始めた。
『太陽の穂』の聖なる力と、仲間たちの想いが込められたパンが、腐敗の王の核に直接作用しているのだ。
『我は……土に還すことしか知らなかった。だが、これほど満たされる感覚があるとは……』
王の黒い体が崩れ、白く、美しい光の粒子へと変わっていく。
『……美味いな』
最後にそう呟き、腐敗の王は光となって天へと昇っていった。
後に残されたのは、浄化された清らかな風だけだった。
「……勝ったの?」
ニーナが空を見上げる。
雲の切れ間から、本物の太陽の光が差し込んでいた。
「ああ。パンの勝利だ」
僕は座り込んだまま、ピースサインを掲げた。
(第4部 完)




