第32章:地下の再会と、最強のパン職人コンビ
セバスチャンの案内で、僕たちは地下水路を進んだ。
かつては清流が流れていた水路も、今はドロドロとした紫色の廃液で満たされている。
「ひどい匂いだ……」
ニーナが鼻をつまむ。
だが、僕が『水生酵母』を少し垂らすと、その周囲だけ水が透明に浄化され、清らかな空間が生まれた。この酵母があれば、毒の海でも進める。
数時間後。
地下の一角にある頑丈な鉄扉の前についた。パンギルド本部の地下シェルターだ。
「開けてくれ! セバスチャンだ! 援軍を連れてきた!」
重い扉が軋みながら開く。
中には、薄汚れた服を着た数百人の市民と、疲れ切った職人たちが身を寄せ合っていた。
そして、その中心にある厨房で、片腕を包帯で吊った男が、懸命に生地を捏ねていた。
「ジャン=リュック!」
「……タクミか?」
彼は顔を上げた。やつれてはいるが、その瞳にはまだ職人の光が宿っている。
「生きていたか、田舎パン屋。……遅いぞ」
「ごめん。ちょっと寄り道しててね。……腕はどうした?」
「名誉の負傷さ。市民を庇って、あの『腐敗の王』の瘴気を浴びた。……だが、パンを作る手だけは守った」
彼は笑ったが、その笑顔は痛々しい。
厨房には、わずかな小麦粉しか残っていない。彼らは自分たちの食い扶持を削って、市民たちに薄いスープと欠片のようなパンを配っていたのだ。
「状況は最悪だ。王城に居座った『腐敗の王』は、世界の全てを菌糸で覆い尽くし、あらゆる生命を苗床にしようとしている。……俺たちのパンも、焼いた端からカビが生えてしまうんだ」
ジャン=リュックが悔しそうに作業台を叩く。
そこにあるパンは、焼き上がった直後から黒い斑点が浮き出ていた。空気が汚染されすぎていて、通常の酵母では太刀打ちできないのだ。
「大丈夫だ。僕が来たからには、もうカビには負けない」
僕は背中の袋を下ろした。
「見てくれ。ドワーフの国で見つけた『太陽の穂』だ」
袋を開けると、薄暗いシェルターが黄金色の光で満たされた。
「こ、これは……伝説の聖麦!? 実在したのか……!」
ジャン=リュックの職人魂が震えた。
「これを使えば、どんな邪気も払う『聖パン(ホーリー・ブレッド)』が焼ける。……ジャン=リュック、君の腕が必要だ。僕の酵母と君の技術で、この王都全体を浄化する『究極のパン』を焼こう」
「……フッ、面白い。世界を救うパン作りか。王宮筆頭職人の腕、見せてやる!」
二人の天才パン職人が、再びタッグを組んだ。
かつては敵同士だった二人が、今度は世界を救うために。
「さあ、仕込み開始だ! ニーナちゃん、シルヴァン、バルガスも! 総力戦だぞ!」
シェルターの厨房に、久しぶりに活気のある声が響いた。




