第31章:黒き王都と、最後の希望
地上に戻った僕たちを待っていたのは、絶望的なニュースだった。
「王都が……封鎖された?」
旅の商人の話によると、大陸最大の都市である王都が、突如発生した巨大な黒いドーム状の「膜」に覆われ、外部との連絡が途絶えたという。
「間違いない。あのマイコたちが本気で仕掛けてきたんだ」
王都には数万の人々が住んでいる。そして、そこには僕のライバルであり友である、ジャン=リュックもいるはずだ。
「急ごう!」
僕たちはバルガスに用意してもらった高速馬車で王都へと急行した。
数日後。
丘の上から見た王都の姿に、言葉を失った。
かつて白亜の城壁が輝いていた美しい都市は、巨大な黒いカビの繭の中に飲み込まれていた。空は紫色の雲に覆われ、太陽の光すら届いていない。
「ひどい……」
ニーナが震える声で呟く。
繭の表面は脈動しており、まるで生き物の内臓のようだ。
「あの中は、高濃度の腐敗ガスで満たされているだろう。普通に入れば即死だ」
シルヴァンが冷静に分析する。
「だが、僕らにはこれがある」
僕は『太陽の穂』が入った袋を握りしめた。袋越しでも温かい光を感じる。この聖なる麦の力なら、あの結界を中和できるはずだ。
その時、黒い繭の一部が裂け、中からボロボロになった数人の騎士が飛び出してきた。彼らを追って、異形の怪物たちが溢れ出してくる。
「助けてくれぇ!」
騎士の先頭にいるのは……見覚えがある。
「セバスチャン!?」
かつて僕に決闘状を叩きつけた、あのパンギルドの法務官だ。
かつての尊大な態度は消え失せ、今は泥まみれで逃げ惑っている。
「あわわ、来るな! 私は美味しくないぞ!」
追ってくる怪物は、パン生地のように白くぶよぶよとした体を持つ巨人――『酵母巨人』の成れの果て、腐敗バージョンだ。
「加勢するぞ!」
僕は馬車から飛び降りた。
「【魔酵母】――ホーリー・レイ(聖なる光)!」
『太陽の穂』を一粒取り出し、魔力を込めて投げつける。
カッ!
強烈な閃光が走ると、腐敗ゴーレムたちは断末魔を上げて崩れ去り、ただの酸っぱい泥へと戻っていった。
「た、助かった……? お前は、あの時の田舎パン屋!?」
セバスチャンは僕を見て腰を抜かした。
「久しぶりですね。中の状況はどうなっていますか?」
「地獄だ……! 突然現れた『腐敗の王』と名乗る男が王城を乗っ取り、市民たちを次々とカビの人形に変えている。ジャン=リュック殿たちがギルド本部で抵抗を続けているが、もう時間の問題だ……」
まだ生きている。
希望はある。
「セバスチャンさん。僕たちを中へ案内してください。隠し通路くらい知ってるでしょう?」
「正気か!? あそこは死の世界だぞ!」
「パン屋が配達に行くのに、場所なんて関係ありませんよ」
僕は笑って見せた。
「最高に美味いパンを届けて、王都を『発酵』させてやりますから」
こうして僕たちは、死の都となった王都への潜入を開始した。




