第26章:禁じられた酒場と、地下の抵抗者たち
熱風が吹き荒れる通気ダクトを抜けると、そこは巨大な地下空間だった。
天井からは無数の鍾乳石が垂れ下がり、地底湖の代わりに真っ赤な溶岩の川が流れている。その熱を利用した巨大な歯車やパイプが張り巡らされた、まさに鉄と炎の都市だ。
しかし、街の雰囲気は暗い。
通りを歩くドワーフたちは皆、生気のない顔で黙々と歩いている。酒場の看板はどれも打ち捨てられ、パン屋の窓には板が打ち付けられていた。
「酒のないドワーフなんて、炭酸の抜けたサイダーみたいなもんだな」
僕たちは衛兵の目を避け、路地裏へと身を隠した。
すると、どこからともなく、微かに甘酸っぱい香りが漂ってきた。
「……匂うぞ」
僕は鼻をひくつかせた。
腐敗臭ではない。これは……発酵の香りだ。それも、熟成された果実と麦の香り。
「こっちだ」
匂いを辿り、廃墟となった製鉄所の地下へと降りる。
重い鉄扉の隙間から光が漏れている。
コンコン、コン。
ノックをすると、中から警戒した声がした。
「……合言葉は?」
「えっと……『美味しいパンは世界を救う』?」
「違う! 帰れ!」
扉が開く気配はない。
僕は仕方なく、懐から小瓶を取り出した。水の都で手に入れた『水生酵母』と、エルフの森の果実で作った『天然酵母種』だ。
瓶の蓋を開け、扉の隙間から匂いを送り込む。
「……む!?」
中の声が変わった。
「こ、この香りは……腐ったカビじゃねえ! 生きの良いイーストの香りだ!」
ガチャン!
扉が勢いよく開かれた。
そこに立っていたのは、赤い髭を三つ編みにした屈強なドワーフの男だった。エプロン姿で、手には麺棒を持っている。
「入れ! 見つかったら処刑だぞ!」
僕たちが中に招き入れられると、そこは秘密基地のような厨房だった。
数人のドワーフたちが、隠れるようにしてパンを捏ね、あるいは小さな樽で酒を醸造している。
「俺はバルガス。この地下街で唯一、まともな菌を守っているレジスタンス『琥珀の麦』のリーダーだ」
男は名乗った。
「あんたら、人間か? しかもパン職人の匂いがするな」
「僕はタクミ。こっちは助手のニーナと、エルフのシルヴァンだ」
「エルフまでいるとはな。……まあいい。ここに来たってことは、今の王の狂った政策に反対ってことだろう?」
バルガスによると、数ヶ月前に発生した「黒カビ騒動」以来、国王は菌に対する異常な恐怖症に陥り、全ての菌類を悪とみなして排除し始めたという。
「おかげで俺たちの主食であるパンも、生き甲斐であるエール(麦酒)も取り上げられた。栄養失調で倒れる奴も増えてる。……だが、王は聞く耳を持たん。菌使いとかいう怪しい男を側近にしてからは特にな」
「菌使い……やっぱり、敵が入り込んでいるのか」
僕は拳を握った。
「バルガスさん。僕たちも協力させてください。王様の目を覚まさせるような、最高のパンを作るために」
「ほう? 人間の職人が、ドワーフの舌を満足させられるとでも?」
バルガスはニヤリと笑い、作りかけの生地を指差した。
「なら、手伝ってもらおうか。俺たちが今作っているのは、ドワーフの魂とも言える『ビアブレッド(ビール酵母パン)』だ。だが、どうも膨らみが悪くてな」
見ると、彼らの生地は元気がなく、ダレてしまっている。地下の熱気と乾燥に、酵母が負けているのだ。
「温度管理と水分補給が必要です。……任せてください。僕の『水生酵母』と、この灼熱の環境を逆手に取った『溶岩窯』のテクニックをお見せしますよ」
こうして、地下の秘密厨房で、ドワーフと人間による合同パン作り作戦が開始された。




