25章:灼熱への道と、腐りゆく大地
水の都アクアリアを後にした僕たちは、エルフのシルヴァンも仲間に加え、四人で南の大陸を縦断する旅を続けていた。
目指すは活火山『イグニス・マウンテン』。その地下にはドワーフの大国が広がっているという。
「それにしても……ひどい有様だ」
馬車の手綱を握りながら、シルヴァンが苦々しく呟いた。
車窓から見える景色は、南へ進むにつれて荒廃の一途を辿っていた。
かつては緑豊かだったであろう草原は、どす黒く変色し、立ち枯れた木々が墓標のように並んでいる。風に乗って運ばれてくるのは、あの不快な腐敗臭だ。
「ここも『菌使い』の手が回っているのか」
僕は馬車を止めて、地面の土を手に取った。
パサパサと崩れる土。生命力が吸い尽くされ、死んでいる。
「土壌菌が全滅させられている。これじゃあ、小麦どころか雑草も生えないよ」
僕の【魔酵母】の目にも、土の中に潜む微細な「赤黒い粒子」が見えた。マイコが操っていたカビと同種だが、より広範囲に、薄く広く汚染を広げているようだ。
「このまま進めば、ドワーフの国も無事では済まないだろうな」
その時、前方の枯れた森から、獣の唸り声が聞こえた。
「グルルル……!」
現れたのは、全身の皮膚がただれ、目が赤く発光した狼の群れだった。『腐敗狼』だ。生きた動物が菌に侵され、狂暴化した成れの果てだ。
「きゃっ! タクミさん!」
ニーナが身をすくめる。
数は十匹以上。まともに戦えば危険だ。
「シルヴァン、援護を! ニーナちゃんは馬車の中に!」
「承知した!」
シルヴァンが弓を構え、正確無比な射撃で先頭の一匹を射抜く。だが、矢を受けた狼は倒れるどころか、痛みを感じていないかのように突進してきた。
「くっ、神経まで菌に支配されているのか!」
通常の物理攻撃は効きにくい。ならば、僕の出番だ。
「【魔酵母】――浄化の息吹!」
僕は先日手に入れた『水生酵母』を含ませた水を、霧状にしてばら撒いた。
ジュゥウウウウ!
聖なる水を含んだ霧が狼たちに触れると、彼らの体表から黒い煙が上がった。
「ギャウンッ!!」
狼たちが悲鳴を上げ、後ずさる。
水生酵母の持つ強力な洗浄作用と生命力が、腐敗菌を洗い流していく。
「今のうちに抜けるぞ! ハイッ!」
僕は馬に鞭を入れ、狼たちの包囲網を突破した。
***
数日後。
荒野を抜け、標高が上がるにつれて気温が上昇してきた。
目の前には、赤い噴煙を上げる巨大な火山がそびえ立っている。
「着いた……ドワーフの国、鉄鋼都市『バルカン』の入り口だ」
山腹に開いた巨大なトンネル。そこには武装したドワーフの門番たちが立っていたが、様子がおかしい。
彼らはひどく痩せ細り、活気がないのだ。
「止まれ! 何用だ人間!」
門番が槍を向けてくるが、その切っ先は震えている。
「パン職人のタクミです。伝説の麦を探して……」
「パンだと!?」
門番の顔色が変わった。
「貴様、まさか『菌』を持ち込む気か! この国は今、あらゆる『発酵食品』の持ち込みを禁止しているんだ! パンも、チーズも、酒さえもだ!」
「なんだって?」
酒好きのドワーフが酒を禁じるなんて、異常事態だ。
「地下農場の麦が『黒い病』にやられたんだ。菌と名のつくものは全て焼き払えという王命が出ている。帰れ! さもなくば焼き殺すぞ!」
ここも既に、敵の手が伸びていたのだ。
しかも、菌への恐怖から、味方であるはずのパン職人まで拒絶している。
僕たちは顔を見合わせた。
「どうする、タクミ?」
シルヴァンが問う。
「入るしかないよ。彼らを救わないと、麦の手がかりも手に入らない」
正面突破は無理だ。
僕は周囲を見渡した。
「……あそこだ。古い通気口がある」
こうして僕たちは、正規のルートではなく、熱風吹き荒れる排気ダクトからの潜入を試みることになった。灼熱の地下迷宮への冒険が始まる。




