第24章:深海の主と、激辛の揚げパン
マリンの案内で、僕たちは水没した地下神殿の入り口へと辿り着いた。
彼女がくれた『人魚の泡』のおかげで、水中でも呼吸ができる。
「気をつけて。この奥よ」
薄暗い神殿の回廊を進むと、巨大な空洞に出た。
その中央、青白く光る泉の底に、巨大な影が蠢いている。
全長二十メートルはあるだろうか。無数の触手を持つ大怪獣、クラーケンだ。
「グルルル……」
クラーケンがこちらに気づき、黄色い目をギョロリと向けた。触手一本一本が、丸太のような太さだ。
「まともに戦っても勝てないな」
水中では動きが制限されるし、いつものパン生地攻撃も水に溶けてしまっては効果が半減する。
だが、僕には秘策があった。
「マリンさん、準備はいい?」
「ええ! いつでも!」
僕は防水加工した袋から、巨大なリング状の物体を取り出した。
事前に地上で揚げておいた、特大の『激辛カレーパン(ドーナツ型)』だ。
油で揚げた表面は水を弾き、中には魚介のエキスと、香辛料、そして『発熱性の酵母』がたっぷりと詰まっている。
「喰らえッ!」
僕はそれをクラーケンの目の前へ放り投げた。
水中に漂う濃厚な魚介の匂い。クラーケンはたまらず触手を伸ばし、パクリとカレーパンを飲み込んだ。
――その瞬間。
「【魔酵母】――スパイシー・ヒート・バースト!!」
クラーケンの腹の中で、酵母が一気に活性化する。
カプサイシンの刺激と、発酵による高熱が内側から怪物を襲った。
「ギュオオオオオオッ!!?」
クラーケンが目を白黒させて悶絶する。
口から大量の泡を吹き出しながら、のたうち回る。人間で言えば、熱々の激辛スープを一気飲みしたようなものだ。
「今だ、どいてろ!」
クラーケンはあまりの熱さと辛さに耐えかね、水を噴射して神殿の奥へと逃げ去っていった。
「やった! 追い払ったわ!」
マリンがハイタッチを求めてくる。
邪魔者はいなくなった。
僕たちは泉の中央、青い光が湧き出る場所へと近づいた。
そこには、透き通るような純水が湧き出しており、その周囲を、宝石のように美しい蒼色の光の粒が舞っていた。
「見つけた……『水生酵母』だ」
僕は慎重にその水を瓶に汲んだ。
この酵母と水があれば、どんな硬水でも、どんなに湿度の高い場所でも、瑞々しくもっちりとしたパンが焼ける。
さらに、泉の底の石碑には、古代文字でこう刻まれていた。
『太陽の穂は、大地の熱に抱かれて眠る』
大地の熱。
つまり、次は火山だ。
「ありがとう、マリンさん。約束通り、この酵母を使った『ふわふわ白パン』のレシピを教えるよ」
「やったぁ! これで魚人族の食卓が変わるわ!」
水の都での冒険は成功した。
新たな酵母と情報を手に、僕たちは次なる目的地――ドワーフの火山の国へと向かうことになる。




