第23章:水上都市と、沈んだ酵母
エルフのシルヴァンからの情報を頼りに、僕たちは大陸南部に位置する『水の都・アクアリア』へと向かった。
そこは、巨大な湖の上に石造りの建物が浮かぶ美しい街だった。運河にはゴンドラが行き交い、市場には新鮮な魚介類が並んでいる。
「わぁっ! 地面が揺れてるみたい!」
ニーナがゴンドラの上ではしゃぐ。
だが、僕の目的は観光ではない。この都のどこかにあるという『水の神殿』に、古代の麦の手がかりがあるらしいのだ。
「それにしても……パン屋が少ないな」
街を歩いて気づいた。
パン屋はあるのだが、どこも湿気でパンがべちゃっとしているか、カビを防ぐために異常に硬く焼かれたものばかりだ。
「湿気が多いから、パン作りには不向きなのかもしれないね」
そんな中、一軒だけ行列ができている店があった。
看板には『人魚のベーカリー』とある。
「いらっしゃーい! 今日の特製『海藻パン』だよ!」
店先で声を張り上げていたのは、なんと下半身が魚……ではなく、ヒレのような耳と青い肌を持つ『魚人族』の少女だった。
「へえ、魚人がパンを焼くのか」
興味を惹かれて一つ買ってみる。
緑色の生地。一口食べると、強烈な磯の香りが鼻を突き抜けた。
「うっ……塩辛い!」
ニーナが顔をしかめる。
パンというより、海藻を練り込んだ塩団子だ。発酵も不十分で、重たい。
「あら、陸の人には合わなかった?」
少女――店主のマリンが苦笑する。
「この街の水はミネラルが強すぎて、普通のイースト菌だと死んじゃうのよ。だから海藻の粘り気で無理やり固めてるの」
なるほど。硬水の中でも超硬水ということか。
だが、僕の【魔酵母】の視界には、運河の底深くに、淡く青い光の粒が見えていた。
「マリンさん。この街の水の底に、何かあるんじゃないですか?」
「え? ……ああ、伝説の『深淵の湧水』のこと? 神殿の地下深くに封印されてるって話だけど、そこは巨大な『水蛇』の巣になってて、誰も近づけないわ」
クラーケン。
厄介な番人がいたものだ。だが、その湧水にはおそらく、特殊な環境に適応した『水生酵母』が眠っているはずだ。
「行ってみよう。その酵母があれば、この街でもふわふわのパンが焼けるし、伝説の麦の手がかりも掴めるかもしれない」
僕はマリンに協力を仰いだ。
「クラーケン退治の報酬は、この街で一番美味しいパンのレシピだ。どうだい?」
マリンの目が輝いた。
「乗ったわ! 私の水泳技術があれば、神殿の入り口までは案内できる!」
こうして、パン屋と魚人による、水中ダンジョン攻略が始まった。




