第18章:粘る城壁、膨らむ防衛線
城壁の上に立つと、眼下の光景に足がすくみそうになった。
無数の松明の明かり。そして、城門に群がる醜悪なオークの群れ。彼らが振るう破城鎚の衝撃で、足元の石畳がビリビリと震えている。
「おい貴様! ここは一般人が来ていい場所じゃ……」
衛兵が止めようとするが、構ってはいられない。
僕は樽の蓋を開けた。中には、白くドロドロとした物体が、不気味に泡立っている。
「ニーナちゃん、水だ! 樽の中に水を注いで!」
「はいっ!」
ニーナが水袋の水を一気に注ぎ込む。
「【魔酵母】――超・過発酵!!」
僕が魔力を流し込むと、樽の中の生地が爆発的に反応した。
グルテンの網目構造が急速に強化され、同時に発生した炭酸ガスが生地を何倍にも膨張させる。
「今だ、投下ぁーッ!!」
僕とニーナは協力して、城壁の縁から樽の中身をぶちまけた。
ドロリ……。
大量の白い粘液の塊が、直下のオーク部隊の頭上に降り注ぐ。
「グギャ?」
頭から謎の白い物体を被ったオークたちが、動きを止めた。
直後。
ボワァァァァァァッ!!
生地が空気に触れ、さらに発酵が進んだことで一気に膨れ上がった。
それはまるで、急速硬化する発泡ウレタンのようだった。
「グ、グギャァァ!?」
オークたちの悲鳴が上がる。
強力なグルテンの粘り気が彼らの手足を絡め取り、膨らんだ生地が視界を塞ぎ、呼吸すら困難にさせる。破城鎚を持っていた腕も、分厚いパン生地に埋もれて動かせない。
「な、なんだこれは!? 魔物の粘液か!?」
後方の敵兵がどよめく。
「さらにオマケだ!」
僕はすかさず第二のスキルを発動させた。
「【魔酵母】――アルコール生成!」
生地の中の酵母たちが、糖分を分解して高濃度のアルコールガスを吐き出し始めた。
「ブフォッ! ゲホッ!」
強烈な酒の臭気に、オークたちが千鳥足になる。ただでさえ動きを封じられているのに、これではまともに立つことさえできない。
「い、今だ! 敵が混乱しているぞ!」
城壁の上の兵士たちが叫んだ。
「射てぇぇッ!」
動きの止まったオークたちは、格好の的だった。矢の雨が降り注ぎ、さしもの重装歩兵部隊も総崩れとなっていく。
「……馬鹿な」
指揮を執っていたガレス将軍が、信じられないものを見る目でこちらを見ていた。
「あの白い粘液は……まさか、パン生地か?」
「ええ。超強力粉と天然ゴムの樹液を混ぜた、絶対に噛み切れない失敗作です」
僕は額の汗を拭いながら答えた。
「食べるには適しませんが、敵を『捕食』するには十分でしょう?」
敵軍は、謎の白い怪物(パン生地)への恐怖と混乱により、撤退を余儀なくされた。
パン屋が戦場の歴史を変えた瞬間だった。




