第13章:白亜の塔と、一斤の挑戦者
決戦の朝、村の中央広場は異様な熱気に包まれていた。
村人総出で見守る中、特設されたステージの上には、二つの作業台と二つの窯が設置されている。
片方には、僕と助手のニーナ。
そしてもう片方には、白いコックコートに身を包んだ優男、ジャン=リュックが立っていた。
「フン……田舎者にしては、それなりに道具を揃えてきたようですね」
ジャン=リュックは、僕が持ち込んだ黒鉄の型を一瞥し、鼻で笑った。彼の周りには数人の弟子が控え、最高級の器具を磨き上げている。
「ですが、道具で腕の差は埋まりませんよ。私の『芸術』の前では、どんな工夫も無意味です」
「やってみないとわからないさ」
僕は静かに言い返した。
審査員席には、パンギルドの幹部、村長、そして「公平性を期すため」と称して招かれた、近隣領地の美食家伯爵が座っている。
どう見てもアウェーだ。ギルド側と美食家は繋がっている可能性が高い。村長だけが頼りだが、彼も権力には弱い。
「それでは! パン聖別決闘を執り行う!」
セバスチャンの甲高い宣言と共に、銅鑼が鳴り響いた。
制限時間は四時間。発酵時間を考えるとギリギリだ。
だが、僕には【魔酵母】がある。
「行くよ、ニーナちゃん!」
「はいっ!」
僕たちは流れるような連携で作業を開始した。
粉を計量し、牛乳とバターを混ぜ、捏ね上げる。その手際の良さに、観衆から感嘆の声が漏れる。
一方、ジャン=リュックの動きは優雅そのものだった。
彼はまるで指揮者のように指を振るい、弟子たちが完璧なタイミングで材料を差し出す。彼が使う小麦粉は、雪のように白く、光り輝いている。
「あれは……『天使の粉』!?」
ギャラリーの商人が叫んだ。王宮にしか卸されない、超高級な精製粉だ。
二時間が経過。
ジャン=リュックの窯から、甘く、上品な香りが漂い始めた。
「焼き上がりました」
彼が取り出したのは、美しい山型の食パン(イギリスパン)だった。
その白さは眩しいほどで、大きく膨らんだ山の部分は、黄金色の光輪をまとっている。
「おお……なんと美しい!」
「これぞパンの王様だ!」
審査員たちが色めき立つ。
遅れて、僕のパンも焼き上がった。
蓋をスライドさせ、型から出す。
ドンッ。
作業台に置かれたのは、武骨な真四角の塊。色は濃い茶色。
ジャン=リュックの華やかなパンと比べると、地味で重厚だ。
「ぷっ……なんだその黒い塊は? レンガか?」
ジャン=リュックが嘲笑う。
「いいえ。これは『大地』です」
僕は静かに答えた。
「さあ、実食の時間だ!」
まずは先行、王者ジャン=リュックの『天空のホワイト・ブレッド』から審査が始まる。
ナイフを入れると、その断面は綿菓子のように白く、ふわふわと頼りないほどに柔らかい。
審査員の伯爵が一口食べる。
「!!」
伯爵の目が輝いた。
「な、なんと軽い! 口に入れた瞬間、泡のように消えてしまった! そして残るのは純粋な甘み……素晴らしい、これぞ貴族のためのパンだ!」
「満点だ!」「文句なし!」
審査員席から絶賛の嵐が巻き起こる。
やはり強い。白パンの頂点とも言える完成度だ。
「さあ、次は挑戦者だ」
冷ややかな視線の中、僕の『ロイヤル・角食パン』が審査員たちの前に運ばれた。
茶色く、中身の詰まったそのパンを見て、伯爵は露骨に顔をしかめた。
「なんだこの重そうなパンは。庶民の餌かね?」
彼は嫌々ながらフォークを刺し、口へと運んだ。
その瞬間。
――カチャン。
伯爵の手からフォークが滑り落ち、皿に当たって乾いた音を立てた。




