第12章:白き液体と、四角い奇跡
ガンテツ翁に教えられた牧場は、森を抜けた先の高原にあった。
そこでは『ハイランド・カウ』と呼ばれる、毛足の長い牛たちがのんびりと草を食んでいた。
「なるほど。ここの牛乳は脂肪分が高いな」
牧場の主に分けてもらった搾りたての牛乳を一口飲み、僕は確信した。濃厚でクリームのようだが、後味はすっきりしている。
これなら、バターも最高級品が作れるはずだ。
「ニーナちゃん、出番だよ。この牛乳が入った壺を、ひたすら振ってくれ!」
「えっ、振るの? こう?」
チャプン、チャプン。
「もっと激しく! 親の仇のように!」
「うおりゃあああ!!」
ニーナの怪力……もとい、健気な頑張りにより、壺の中のクリームは分離し、黄金色の塊――フレッシュバターが完成した。
市販の古くなったバターとは香りが違う。ミルクの甘い香りが凝縮されている。
***
宿屋の厨房に戻った僕は、最終調整に入った。
材料は揃った。
麦じいの『古代小麦(全粒粉)』。
森の『白金酵母』。
ガンテツの『黒鉄の型』。
そして、高原の『特濃ミルク』と『発酵バター』。
これらを融合させる。
通常、全粒粉100%で食パンを作ると、重くて膨らみの悪いパンになりがちだ。だが、牛乳とバターをリッチに配合することで、生地の伸展性を高め、口溶けを良くする。
「【魔酵母】――超活性」
僕の手から放たれる魔力が、酵母たちに「究極の発酵」を命じる。
ガンテツの作った型の中で、生地がむくむくと膨れ上がり、蓋を押し上げんばかりの勢いを見せる。
窯に入れる。
蓋をしているため、中の様子は見えない。職人の勘だけが頼りだ。
三十分後。
型を取り出し、作業台にガンッと打ち付けてショックを与える。
そして蓋をスライドさせ、逆さにする。
ボコッ。
型から滑り落ちたのは、完璧な直方体だった。
色は全粒粉特有の深い褐色だが、表面は薄く、艶やかに輝いている。角まできっちりと生地が満ち、わずかにホワイトライン(焼き色のつかない白い線)が出ている。完璧な発酵の証だ。
「……綺麗」
ニーナが呟く。
焼きたてからは、焦がしバターとナッツのような芳醇な香りが漂う。
「まだだ。食パンは冷めてからが本番だ」
数時間後、完全に粗熱が取れたパンにナイフを入れる。
スゥーーッ。
抵抗なく刃が沈む。断面は、シルクのようにきめ細やかだ。
一枚切り出し、ニーナとゴルドに差し出す。
「まずは焼かずに、そのままで」
二人はパンを口に含んだ。
「……っ!」
ゴルドが目を見開く。
「しっとり……いや、濡れているようだ! 噛む必要がねえ、舌の上で溶けていくぞ!」
「耳まで柔らかい! 全粒粉なのにモソモソしない、ケーキみたい!」
大成功だ。
古代小麦の野生味を、ミルクとバターが優しく包み込み、シルキーな食感へと昇華させている。
これぞ『ロイヤル・角食パン』。
「勝てる……!」
僕は拳を握りしめた。
王都の天才が焼く「白いパン」に対し、僕はこの「茶色い宝石」で挑む。
そして、決戦の朝がやってきた。




