第11章:頑固ドワーフと、黒鉄の箱
食パンを作る上で、なくてはならない道具がある。
それは「型」だ。
生地を四角い鉄の箱に入れ、蓋をして焼くことで、水分を逃さず、きめ細かくしっとりとした「角食パン(プルマンブレッド)」が焼き上がる。
相手のジャン=リュックはおそらく、最高級の小麦粉を使った、ふわふわの山型パン(イギリスパン)で来るだろう。ならば、僕は「密度」と「口溶け」で勝負する。
だが、問題があった。この村の鍛冶屋には、そこまでの精密な鉄工技術がなかったのだ。
「板厚1ミリ以下で、歪みのない完璧な箱? 無理だ無理だ。そんなの作れるのは、西の森に住む『ガンテツ』の爺さんくらいだ」
村の鍛冶屋に匙を投げられ、僕とニーナは再び森へと向かった。
***
森の奥深く、鉄を打つ音が響いている。
岩肌をくり抜いた工房で、背は低いが樽のような筋肉を持つドワーフの老人が、真っ赤な鉄塊を叩いていた。
「帰れ! 人間になんぞ打つ剣はねえ!」
ガンテツ翁は、僕たちの顔を見るなりハンマーを振り上げた。この世界の職人、みんな気難しすぎないか?
「剣じゃありません! 作って欲しいのは鍋……いや、箱です!」
「箱だと? わしは大陸一の武器職人だぞ。小物入れなんぞ作るか!」
「ただの箱じゃない。パンを美味しくするための、魔法の鎧なんです!」
僕は地面に図面を描いた。
スライド式の蓋がついた、長方形のケース。さらに、熱伝導を良くするために底面に特殊な加工を施す。
「ほう……」
ガンテツの目が職人の目に変わった。図面を覗き込む。
「密閉して蒸し焼きにするのか。だが、ただの鉄じゃあ錆びるし、パンがくっつくぞ」
「そこなんです。油を馴染ませて使い込むことで育つ『黒鉄』が必要です。あなたの技術で、表面を極限まで滑らかに打ち出してほしい」
ガンテツは腕を組み、ニヤリと笑った。
「面白え。だが、わしを動かすには金じゃねえ。……わかってるな?」
「ええ。酒……に合うパンを持ってきました」
ドワーフといえば酒だ。
僕はバスケットから、試作していた『ベーコンエピ(麦の穂)』を取り出した。
麦じいの全粒粉を使い、カリカリに焼き上げたハードパン。中には、ゴルドの店で燻製にした厚切りベーコンと、黒胡椒がたっぷり入っている。
「食ってみな」
ガンテツはエピを毟り取り、口へ運んだ。
バリッ! ボリッ!
硬質な音と共に、スパイシーな香りが弾ける。
「むっ! こいつは……噛めば噛むほど味が染み出してきやがる! 塩気が効いてて、喉が渇くわい!」
彼はたまらず、腰の酒瓶を煽った。
パンをかじり、酒を飲む。パン、酒、パン、酒。無限ループだ。
「くっはぁー! たまらん! いつもの干し肉よりよっぽど酒が進むわ!」
ガンテツは真っ赤な顔で高笑いした。
「気に入ったぞ小僧! その『食パン』とやらができたら、一番にわしに食わせろ。最高の型を打ってやる!」
交渉成立だ。
その夜、森の工房には、リズミカルなハンマーの音が夜通し響き渡った。
翌朝、僕の手には、黒く鈍い光を放つ、完璧なフォルムの食パン型が握られていた。
ずしりと重い。だが、これなら熱を逃さず、最強のコシを持つパンが焼ける。
「ありがとう、ガンテツさん」
「フン、礼には及ばん。……おい小僧、ついでだ。あそこの牧場に行ってきな」
ガンテツは指差した。
「最高の型があっても、中身がショボけりゃ意味がねえ。あそこの『濃厚ミルク』なら、お前のパンに負けねえはずだ」
ドワーフのお墨付きとなれば間違いない。
型は手に入った。次は中身だ。
決戦まで、あと四日。




