第6話 二つの顔、二つの忠誠
王都郊外にある、王国軍の兵站倉庫。私は、積み上げられた木箱の山を前に、検品担当の軍人たちと向き合っていた。
「……子爵殿。これは、少し色がくすんでいないか?」
木箱の中身を覗き込んだ小隊長が、怪訝そうに眉を寄せる。そこに詰められているのは、薄汚れた灰色をした石の塊。私が納品した「魔鉱石」だ。
「おや、ご存知ありませんか?」
私は大げさに驚いてみせた。
「これは『熟成』の証ですよ。採掘直後の高エネルギーな鉱石は、魔力が凝縮しすぎて光を吸収し、このように黒ずんで見えるのです。素人目には質の悪い石に見えますが、これこそが一級品の証」
「そ、そうなのか?しかし、以前見たものはもっと青く輝いていたが」
「それは表面の魔力が揮発してしまっている『出がらし』です。……まさか、王国の精鋭たる皆様が、見た目の綺麗さに騙されて本質を見誤るとは思いませんでしたが」
「む……っ!失礼した。我々も専門家ではないのでな」
小隊長はバツが悪そうに咳払いし、検品印を押した。私は恭しく頭を下げる。
「ご理解いただけて光栄です。この石を使えば、魔導砲の威力は倍増するでしょう」
(……暴発しなければ、の話だがな)
私は心の中で舌を出した。納品したのは、不純物だらけの「クズ石」だ。魔力伝導率が悪く、熱を持ちやすい欠陥品。こんなものを主力兵器に使えば、肝心な時に使い物にならないどころか、自爆するリスクすらある。
「では、次回の納品もよしなに」
私は笑顔で倉庫を後にした。王よ、喜ぶがいい。貴方の軍隊は今日、また一つ「張りぼて」になった。
表の業務(詐欺)を終えた私は、その足で商会の地下深くにある「極秘開発室」へと向かった。重厚な扉を開けると、そこには熱気と魔力の光が満ちていた。
「――会頭!お待ちしておりました」
技術主任が興奮した様子で駆け寄ってくる。彼の手には、青く透き通るような美しい結晶体が握られていた。これこそが、王には隠蔽し、裏ルートで確保した「最高純度」の魔鉱石だ。
「試作品の『魔導小銃』、完成いたしました。王軍の旧式マスケットとは次元が違います。連射性能、射程、ともに三倍以上。しかも……」
「しかも?」
「この高純度石を動力源にすれば、魔力を持たない一般兵でも『火球』並みの威力を撃てます」
「素晴らしい」
私は実験場に並べられた、黒光りする銃身を撫でた。王軍にはゴミを渡し、弱体化させる。その裏で、横流しした最高級の石を使って、独自の軍事力を開発する。
すべては、これから設立する「ヴィルトゥス伯爵家私兵団」のためだ。金だけでは守れないものがある。いざという時、物理的な暴力でアルフォードを害する全てを排除するために、私は最強の軍隊を欲した。
「量産を急げ。資金はいくらでもある」「はっ!」
私は満足げに頷き、開発室を後にした。懐には、完成したばかりの「ある魔道具」を忍ばせて。
夕刻、私はヴィルトゥス伯爵邸を訪れた。かつては廃墟寸前だった屋敷は、今や見違えるように美しく蘇っていた。手入れされた庭園、磨き上げられた窓ガラス、そしてきびきびと働く新しい使用人たち。
「……シリル」
出迎えたアルフォードは、どこか居心地が悪そうだった。身につけているのは、私が手配した最高級シルクの部屋着だ。
「少し、やりすぎではないか。借金は返済したし、鉱山の利益も出ているとはいえ……これほどの贅沢は、身の丈に合わない」
「何を仰います」
私は執務室のソファに腰を下ろし、優雅に足を組んだ。
「貴方は今や、飛ぶ鳥を落とす勢いの『鉄の子爵』の共同経営者だ。それに、鉱山の警備という名目で私兵団も増強している。……総帥である貴方が貧相な暮らしをしていては、兵の士気に関わりますよ」
「それは……そうだが」
アルフォードは納得しきれない様子だ。無理もない。彼は詳しくは知らないのだ。この潤沢な資金の出処が、王を騙して横領した裏金であることを。
「それに、これは先行投資です。……さて、これを」
私は懐から小箱を取り出し、テーブルに置いた。アルフォードが怪訝そうに蓋を開ける。そこには、深い蒼色を湛えた、大粒の宝石がついた指輪が収められていた。
「指輪……?装飾品にしては、魔力を感じるが」
「ええ。鉱山から採れた中で、最も美しい石を加工させました」
私は彼の左手を取り、強引にその薬指へ指輪をはめた。サイズは完璧だ。あの日、採寸した通りに。
「ただの飾りではありません。強力な『対物理・対魔法結界』が編み込まれています。……万が一、私が側にいない時に刺客に襲われても、これがあれば一度だけ致命傷を防げる」
王軍に渡したゴミ石とは雲泥の差。この指輪一つで、城壁一枚分の防御力がある「至高の盾」だ。
「高価すぎる。こんなもの、受け取れない」
「つけていてください」外そうとする彼の手を、私は強く握りしめて止めた。
「命令……いや、願いです、アルフォード」
「願い?」「ええ。貴方は私の『所有物』だ。私の許可なく傷つくことは許さない。……この指輪は、その証(首輪)だと思ってください」
アルフォードの顔が思いがけず赤らむ。屈辱と、そして、奇妙な安堵が入り混じった表情で、彼は視線を逸らした。
「……悪趣味な男だ」
「よく言われます」
彼は指輪を外さなかった。青い輝きが、白く細い指に恐ろしいほど似合っている。
帰り道、馬車に揺られながら私は夜空を見上げた。
王城の方角には「破滅」の種を撒いた。そしてアルフォードの元には、最強の「盾」と「矛」を揃えつつある。
二つの忠誠。表向きは王に従う忠臣。裏では、たった一人の騎士に全てを捧げる狂信者。
(誰に後ろ指を指されようと構わない)
私が忠誠を誓う王は、玉座の上でふんぞり返る豚ではない。あの清廉で、不器用で、美しい騎士だけだ。
彼を守るためなら、私はこの国の軍隊すら紙切れに変えてみせよう。鉄の子爵の進撃は、もう誰にも止められない。




