第31話 黄昏の庭園
時は流れ、季節は巡った。王都から離れた領地の別荘。夕日が空を茜色に染める時刻、手入れの行き届いた庭園に、二人の老人が並んで座っていた。
「……国王陛下から手紙が来たぞ」
すっかり白髪になったアルフォードが、便箋を片手に苦笑した。その顔には深い皺が刻まれているが、碧眼の輝きは衰えていない。
「隣国との国境紛争を、わずか三日で鎮圧したそうだ。
『祖父様の教え通り、電光石火で首を獲りました』と書いてある」
「ふふ。……相変わらず、勇ましいことですね」
私もまた、ティーカップを置きながら微笑んだ。私の髪も銀色に変わり、目尻には笑い皺が増えた。かつての「鉄の宰相」の鋭さは鳴りを潜め、今は穏やかな好々爺に見えることだろう。
「あの子は立派な王になった。……強くて、賢くて、容赦がない。お前が望んだ通りの『最強の王』だ」
「ええ。ですが、少し働きすぎですね。……誰に似たのやら」
「お前に決まっているだろう」
アルフォードが笑い、咳き込んだ。私はすぐに背中をさすり、膝掛けを直してやった。
「……冷えてきましたね。そろそろ部屋に戻りましょうか」
「いや、もう少し。……この夕日を見ていたい」
アルフォードは遠くを見つめた。眼下に広がる領地は豊かで、民たちは安らかに暮らしている。飢えも、戦火もない。かつて彼が「騎士」として守りたかった理想郷が、そこにはあった。たとえそれが、ユリウスを葬り、セオドアを飼い殺し、多くの屍の上に築かれたものであったとしても。
「……シリル。後悔はないか?」
不意に、アルフォードが問いかけてきた。それは、長年私たちが避けてきた問いだった。
「後悔、ですか?」
「ああ。……お前はもっと違う生き方もできたはずだ。その知恵があれば、誰も傷つけずに……」
「いいえ」
私は即答し、彼の手の上に自分の手を重ねた。老いて節くれ立ったその手こそが、私が生涯をかけて守り抜いた宝物だ。
「私の人生は、貴方のためにありました。……貴方がこうして、穏やかな老後を迎え、孫の活躍に目を細めている。それ以上の『正解』など、私の世界には存在しません」
「……頑固な奴だ」
「貴方こそ。……私のような悪党と、最後まで付き合ってくださった」
アルフォードは私の手を握り返した。その掌は温かく、そして優しかった。
「悪党か。……だが、私にとっては最高の友であり、家族だったよ」
風が吹き、枯れ葉が舞う。私たちは言葉もなく、ただ寄り添っていた。共犯者として手を汚し、秘密を共有し、互いだけを頼りに歩んできた数十年の歳月。その重みが、沈みゆく太陽と共に、静かな満足感となって心を満たしていた。
「……ありがとう、シリル」
「お礼を言うのは私の方ですよ、アルフォード」
黄昏の庭園。二つの長い影が、一つに溶け合うように伸びていた。それは、血塗られた劇の後に訪れた、神様がくれた唯一のカーテンコールのように思えた。




