第27話 暗殺の決断
深夜の宰相執務室。重厚なマホガニーの机の上には、一通の密書が置かれていた。私の影である諜報部隊「鉄の爪」からもたらされた、セオドア王と側近たちの密談の記録だ。
『――シリル・ヴァレットの権限剥奪。および、国家反逆罪での拘束』
インクの文字が、ロウソクの火に照らされて揺れている。私はその紙片を手に取り、静かに読み上げた。声に怒りは混じっていない。ただ、ひどく乾いた失望だけがあった。
「……愚かな。飼い主の手を噛めば、どうなるかも想像できないとは」
セオドアは、私が与えた「王」という玩具に夢中になりすぎた。自分が本当に偉大な統治者であり、私という重石がなくなれば、より高く飛べると信じ込んでしまったのだ。傀儡が糸を切ろうとした時、それはもはや人形ではなく、ただのゴミになる。
「……処理しましょう」
私は決断した。躊躇はコンマ一秒たりとも存在しなかった。セオドアを生かしておけば、必ず国が割れる。彼を担ぐ愚かな貴族たちが、私の作った秩序、すなわちアルフォードのための安寧、を乱すだろう。ならば、災いの種は摘み取る。それが「庭師」である私の義務だ。
私は卓上のベルを鳴らした。音もなく、闇の中から黒装束の男が現れる。「鉄の爪」の隊長だ。
「……陛下のご動静は?」
「は。明晩、側近のリットン伯爵らと奥の離宮にて会食の予定です。……シリル様への『断罪』の決起集会を兼ねておられる模様」
「好都合だ」
私は引き出しを開け、小瓶を取り出した。中に入っているのは、無色透明の液体。南方の希少な毒草から精製されたそれは、摂取してから数時間後に心臓発作を引き起こす。痕跡は残らない。
「これを、乾杯のワインに混ぜろ」
「……ターゲットは」
「国王陛下。……および、その場にいる側近全員だ」
隊長が一瞬だけ動きを止めたが、すぐに深く頭を下げた。
「御意。……国王も、ですね?」
「そうだ。病死に見せかけろ。長年の激務と心労による心不全。……検視官の手配は済んでいる」
私は小瓶を隊長に放った。彼はそれを空中で掴み取ると、懐にしまった。
「……シリル様。よろしいので?」
去り際に、隊長が珍しく私見を口にした。
「国王は、貴方様が手塩にかけて育てた『作品』では?」
「作品、であればこそだ。駄作になった瞬間に壊すのことが、作者である、私の責任だ」
私は冷淡に言い捨てた。情などない。あるのは、損益計算だけだ。セオドア・アウルムという存在の「維持コスト」が「利益」を上回った。だから損切りする。商売人としても、政治家としても、あまりに当たり前の判断だ。
隊長が姿を消した後、私は窓辺に立った。眼下には、平和な王都の夜景が広がっている。この光のすべては、私が守っている。セオドアではない。私が、アルフォードとレオンハルトのために維持している箱庭だ。
「……さようなら、セオドア」
私はガラスに映る自分の顔を見つめた。そこには、かつてセオドアに向けた慈愛の表情など微塵もなく、あるのは冷徹な「鉄の子爵」の仮面だけだった。
「貴方の死は、悲劇として語り継がせましょう。……それだけが、私からの最後の手向けです」
明晩、王は死ぬ。そして翌朝には、幼き賢王レオンハルトが即位し、私が摂政として全権を掌握する。完璧なシナリオだ。一点の曇りもない、合理的で美しい解決策。
だが、私はまだ気づいていなかった。その完璧な方程式に、たった一つだけ計算外の変数――「アルフォード・ヴィルトゥス」という名の感情が介入してくることを




