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推しの安寧のため、ゲームの正史を裏切って国を乗っ取りました ~転生した鉄の子爵による、愛と支配の完全統治計画~  作者: 八雲 律


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第19話 鉄の婚約

 季節は巡り、セオドア王は十八歳、エレノアは十七歳となっていた。王城の庭園は、今や二人の若き恋人たちのための聖域として知られていた。だが、その「恋」の進行速度さえも、私の懐中時計の刻むリズム通りだったことを知る者は少ない。


「……シリル。そろそろ、いいかな」


 ガゼボでお茶を楽しんでいたセオドアが、少し緊張した面持ちで私を見上げた。彼は、自分の人生の重大な決断をする時、必ず私の許可を求める。恋人に愛を告げることでさえ、脚本家である私の「キュー」がなければ動けないのだ。


「ええ、陛下。機は熟しました」


 私が深く頷くと、セオドアは安堵の息を吐き、隣に座るエレノアに向き直った。


「エレノア。……ずっと、僕のそばにいてほしい」


「セオドア……」


「僕は弱い王だ。シリルがいなければ政治もできないし、君がいなければ夜も眠れない。……だから、僕の妻になって、一生僕を守ってくれないか?」


 それは、王のプロポーズとしてはあまりに情けなく、依存的だった。だが、エレノアにはそれが最も響く言葉だと、私は知っていた。彼女は私の教育によって、「弱い彼を支えること」こそが自身の存在意義だと刷り込まれているからだ。


「……はい、陛下。私が貴方を守ります」


 エレノアは慈愛に満ちた瞳で頷き、セオドアの手を取った。美しい光景だ。翼をもがれた二羽の小鳥。その鳥籠の鍵を握る私は、満足げに拍手を送った。


 その夜、王城の大広間で盛大な夜会が開かれた。国の内外から集まった貴族たちの前で、新国王とヴィルトゥス家令嬢の婚約が正式に発表されるのだ。


「――おめでとう、アルフォード」


 バルコニーでグラスを傾けていたアルフォードに、私は声をかけた。彼は煌びやかな会場を見下ろしながら、苦い酒をあおっていた。


「……何がめでたいものか。娘を、飛べない鳥に嫁がせる親がどこにいる」


「飛べないからこそ、安全なのですよ。空を飛ぶ鳥は、常に猟師に狙われます。かつてのユリウス殿下のようにね。……ですが、翼をもがれ、美しい籠の中で餌をついばむだけの鳥を、誰が撃ち落とそうとしますか?」


シリルは手すりに寄りかかり、セオドア王を指差した。


「彼は飛びません。だから落ちることもない。……エレノア様は、その鳥籠の鍵を握る『看守』として、誰よりも安全な場所に立つのです」


「……お前は、娘に一生、鳥籠の番人をさせろと言うのか」


「ええ。……それが、貴方の娘が『幸せな悲劇のヒロイン』にならずに済む、唯一の方法ですから」


 私は彼の隣に並び、眼下の光景を指差した。会場の中心で、セオドアとエレノアが祝福の拍手を浴びている。その背後には、抜け殻となった前王ユリウスの姿もあった。彼は息子と、かつての部下の娘が結ばれる様子を、虚ろな目で見つめているだけだ。


「見なさい。誰もがヴィルトゥス家を羨んでいる。次期王妃の実家として、貴方の家門は盤石となった」


「……その代償に、娘の自由を売り渡したのだな」


「自由とは、選択肢の多さではありません。『迷わなくていいこと』です」


 私はアルフォードのグラスに、新しいワインを注いだ。


「彼女は王妃となり、やがて母となる。その道筋はすべて私が舗装し、石ころ一つ落ちていない完璧な人生を用意しました。……これ以上の幸福がありますか?」


 アルフォードは反論しようと口を開きかけたが、言葉にならなかった。私の論理は常に、残酷なほど「結果としての幸福」を保証しているからだ。


「……シリル。お前の目的は、これだけではないだろう」


 アルフォードが鋭い視線を向けてくる。


「娘を王妃にするだけなら、もっと早くてもよかったはずだ。なぜ今なんだ?」


「勘が鋭いですね。……ええ、本当の目的は『次』です」


 私は声を潜め、彼の耳元に唇を寄せた。


「セオドア陛下は良い素材でしたが、所詮は他人の血です。ユリウス殿下の、あの脆弱な精神構造を受け継いでしまっている」


「……」


「ですが、次は違います。……貴方の血がが入るのですから」


 アルフォードが息を呑む。グラスを持つ彼の手が微かに震えた。


「高潔で、美しく、強いヴィルトゥス家の血。それに王家の血統を掛け合わせ、私の教育を施す。……そうして生まれる子こそが、私が求めた『真の王』なのです」


 そう。セオドアもエレノアも、そのための苗床に過ぎない。私の最終目標は、アルフォードの孫――彼の美貌と気高さを受け継いだ子供を、私の手で一から育て上げ、この国を支配する完璧な偶像アイドルに仕立て上げること。


「……お前は、孫まで支配するつもりか」


「支配ではありません。……愛でるのですよ。貴方の面影を持つ、最高傑作をね」


 大広間から、ワルツの旋律が流れてきた。セオドアとエレノアが踊り出す。操り人形のように優雅に、決められたステップを踏んで。


「名前はもう決めてあります」


 私は夢見るように呟いた。


「――レオンハルト。獅子の心を持つ王。……素敵な名前でしょう?」


「……悪趣味だ」


 アルフォードは呻き、ワインを一気に飲み干した。その味は、きっと血のように鉄錆臭かったことだろう。


「さあ、乾杯しましょう。我々の輝かしい未来と、やがて来る『小さな獅子』のために」


 グラスが触れ合う、硬質な音が響いた。それは、ヴィルトゥス家の血脈が、永遠に鉄の鎖で繋がれたことを告げる契約の音だった。

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