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推しの安寧のため、ゲームの正史を裏切って国を乗っ取りました ~転生した鉄の子爵による、愛と支配の完全統治計画~  作者: 八雲 律


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第17話 美しき楔

 戴冠式を終え、セオドアが即位してから数ヶ月。幼き王は、私が与えた教育をスポンジのように吸収し、感情を殺した「完璧な君主」として振る舞っていた。だが、王城の奥深く、彼のためだけに用意されたプレイルームでは、時折その瞳に深い虚無が浮かぶことがあった。


「……シリル。今日のお勉強は終わったよ」


「素晴らしい。では、ご褒美のお菓子を」


「……いらない。一人で食べるのは美味しくないもの」


 セオドアがぽつりと呟く。孤独。それは支配するには好都合だが、精神の発達を阻害しすぎては、将来的に使い物にならなくなるリスクがある。彼には、適度なガス抜きと、私が管理できる範囲内での「依存先」が必要だ。


(遊び相手……いや、首輪をつけるための『楔』が必要だな)


 私の脳裏に、一人の少女の姿が浮かんだ。美しい瞳を持つ、最も美しい血統の娘。



 翌日、私はヴィルトゥス伯爵邸を訪れた。応接室に通された私を、アルフォードは警戒心露わに出迎えた。


「……急に何の用だ。セオドア陛下の補佐で忙しいはずだが?」


「今日は公務ではありません。……相談がありましてね」


 私は優雅に紅茶を啜り、切り出した。


「陛下は孤独だ。同年代の友人がいない。そこで、貴方の娘御――エレノア嬢を、陛下の遊び相手として王宮に招きたいのです」


 ガタンッ!アルフォードがカップをソーサーに打ち付けた。


「断る!エレノアはまだ五歳だぞ!あの謀略の魔窟に、幼い娘をやれるか!」


「謀略?異なことを。今の王宮は私が完全に掌握しています。世界で最も安全な場所ですよ」


「お前がいる場所こそが、一番危険なんだ!」


 アルフォードが声を荒らげる。彼は理解しているのだ。私が娘を呼ぶ理由が、単なる遊び相手などではないことを。将来的な王妃候補としての囲い込み。そして何より、ヴィルトゥス家を逃さないための「人質」であると。


「……アルフォード。貴方は賢い人だ」


 私は立ち上がり、彼の肩に手を置いた。


「もし断れば、私は他の貴族から娘を選びます。その娘がセオドア様を籠絡し、将来王妃となり……ヴィルトゥス家を疎んじたらどうなりますか?」


「脅すのか……」


「提案ですよ。エレノア嬢が陛下の寵愛を受ければ、貴方の家は安泰だ。……それに、私が彼女を誰よりも大切にすることは、貴方が一番よく知っているはずだ」


 アルフォードがギリ、と奥歯を噛む。拒否すれば、家の未来が危うい。受け入れれば、愛娘が私の支配下に置かれる。だが、彼に選択肢などないことは、最初から決まっている。


「……週に三日だ。それ以上は譲らん」


「交渉成立ですね。感謝しますよ、アルフォード」



 数日後。王宮の庭園。アルフォードに手を引かれ、一人の少女が現れた。プラチナブロンドの髪をツインテールにし、ふわりとしたドレスを着たエレノア・ヴィルトゥス。その姿は、アルフォードをそのまま小さくしたかのように愛らしい。


「エレノア。ご挨拶なさい」


「……はい、お父様」


 エレノアは私の前に進み出ると、スカートの裾をつまんで可愛らしくお辞儀をした。


「エレノア・ヴィルトゥスでございます」


「よく来てくれました。私はシリル・ヴァレットです」


 私が膝をついて視線を合わせると、彼女は大きな碧眼をぱちくりと瞬かせ、そして無邪気に笑った。


「知ってる!お父様とお仕事をされてる、あなたがシリルおじさまでしたのね?」


「……おじさま」


 背後でアルフォードが噴き出す気配がした。私は苦笑しつつ、頷いた。


「ええ。おじさまで構いませんよ。……さあ、陛下がお待ちです」


 私は彼女をセオドアの待つガゼボへと案内した。初対面の二人。セオドアは最初こそ無表情だったが、エレノアが物怖じせずに「そのお花、きれいね!」と話しかけると、次第にその頬に血色が戻っていった。幼い二人が花冠を作って遊ぶ光景。それは、計算された政略であることを忘れさせるほどに微笑ましかった。


「……うまくいったな」


 木陰から見守りながら、私が呟く。だが、その時だった。花冠を被せてもらったエレノアが、とてとてと私の方へ駆け寄ってきた。


「シリルおじさま!」


「どうしました、エレノア嬢」


「あのね、おじさまは、どうしてお父様と『仲良し』なの?」


 唐突な質問に、私は眉を上げた。隣にいたアルフォードが狼狽する。


「仲良しに見えますか?」


「うん。……でもね、なんか変なの」


 エレノアは首を傾げ、子供特有の残酷なまでの純粋さで言った。


「お父様がおじさまを見るとき、不思議な顔をするの。怒っているのに、微笑んでるみたいな、嬉しそうな」


「――ッ!?」


 アルフォードの顔が真っ赤になり、次いで蒼白になった。私は思わず、声を出して笑いそうになるのを必死に堪えた。子供の直感とは恐ろしい。彼女は本能的に悟ったのだ。この関係が「友情」などではなく、「捕食者と被食者」のそれであると。


「……ふふ。それはね、私が彼にとって『苦いお薬』だからですよ」


 私はエレノアの柔らかい髪を梳きながら、石像のように固まるアルフォードへ、ねっとりとした視線を絡ませた。


「お薬を飲むのは嫌で、苦くて、顔をしかめてしまうでしょう? でも、それを飲めば熱が下がって楽になれる。……お父様は、私という毒……いいえ、お薬がないと、もう息ができないのですよ」



 エレノアは「ふーん?」と不思議そうにしていたが、すぐにセオドアの方へ戻っていった。残されたのは、耳まで赤くしたアルフォードと、愉悦に浸る私だけ。


「……教育が必要だな、アルフォード」


「黙れ。……二度とあの子の前で変な目つきをするな」


 アルフォードが呻く。だが、もう遅い。エレノアという「楔」は打ち込まれた。彼女はこれから、セオドアの唯一の理解者となり、そして私とアルフォードの歪んだ関係の「目撃者」として、この鳥籠の中で育っていくのだ。


「末永くよろしく頼みますよ。……私の可愛い姪っ子と、愛しい共犯者殿」


 庭園に響く子供たちの笑い声。それが、ヴィルトゥス家が完全に私の檻に囚われた音に聞こえた。

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