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推しの安寧のため、ゲームの正史を裏切って国を乗っ取りました ~転生した鉄の子爵による、愛と支配の完全統治計画~  作者: 八雲 律


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第15話 幼き王の教育係

 東の離宮にある「玉座の間」を模した遊戯室。ここが、戴冠式を控えた世嗣セオドアの鳥籠だった。部屋には最高級の玩具や絵本が溢れているが、出入り口は厳重に警備され、外へ出ることは許されない。


「……シリル。父上はまだ来ないの?」


 大きな熊のぬいぐるみを抱いたセオドアが、上目遣いで尋ねてくる。隔離生活が始まって三日。彼は一日に何度もこの質問を繰り返していた。


「ええ。残念ながら、ユリウス殿下はお忙しいのです」


 私は膝をつき、彼の視線に合わせて優しく微笑んだ。


「新しい王様になる貴方のために、悪い人たちと戦っていらっしゃるのですよ。……会えなくて寂しいですか?」


「うん。……父上に会いたい」


「おかわいそうに。ですが、我慢なさい。貴方が泣いていては、お父様が悲しみますよ」


 私は彼の頬を指で拭い、甘い砂糖菓子を一つ、その口に含ませた。


「いい子だ。……お父様がいなくても、私がいます。私だけは、ずっと貴方のそばにいますよ」


「ん……シリル、甘い」


「でしょう?さあ、寂しさは消えましたか?」


 セオドアはもぐもぐと菓子を頬張り、コクンと頷いた。単純な条件付けだ。


「父を思う(不安)」→「シリルに甘える(快楽)」→「不安が消える」。


これを繰り返せば、彼の脳内で父親の存在感は薄れ、私への依存だけが肥大化していく。


「さて、おやつの後は『お仕事』の練習です」


 私はテーブルに、山積みの書類を置いた。


「王様のお仕事は、難しくはありません。……この紙の下に、自分のお名前を書くだけ」


「名前?」


「はい。『セオドア』と。……内容は読まなくていいのです。読むと頭が痛くなりますからね」


 私は羽ペンを握らせ、その小さな手を包み込むようにして誘導した。サラサラと、拙い文字でサインが書かれる。


「上手です!大変よくできていますよ、殿下!」


「えへへ、ほんと?ボク、上手?」


「ええ、世界一です。……さあ、次はこちらの紙にも。読まずに、素早く、私を信じて書くのです」


 次々とサインをさせる。中には、私が紛れ込ませた「即位後の増税案」や「商会への利益供与契約」の草案もあったが、五歳の子供に理解できるはずもない。彼はただ、私に褒められるためだけに、自国の運命を売り渡すサインを書き続けた。


 その異様な光景を、部屋の隅で見ていたアルフォードが、耐えきれずに歩み寄ってきた。


「……やめろ、シリル」


 彼は私の手からペンを奪い取った。


「これは教育ではない。ただの『作業』だ。……セオドア様。書類には大事なことが書いてあります。ちゃんと読んで、考えてから書かねばなりません」


「え……?」


 セオドアが困惑して私を見る。アルフォードは必死に、子供の目を見て説いた。


「王とは、民の命を預かる者です。何も知らずにサインをしては、民が苦しむかもしれない。……だから、学ぶのです。私が文字も、歴史も教えますから」


「むぅ……」


 セオドアは眉を寄せた。「読む」「考える」「責任を持つ」。それは五歳の子供にとって、退屈で苦痛な刑罰だ。対して、私の教育は「書くだけ」「褒められる」「お菓子がもらえる」。どちらが魅力的か、勝負は見えている。


「……アルフォードお兄様、うるさい」


 セオドアはプイと顔を背けた。


「シリルは『読まなくていい』って言ったもん。……読むの、めんどくさい」


「なッ……陛下、ですが……」


「お兄様、ペン返して。ボク、もっと書いて褒めてもらうの」


 セオドアが私に手を伸ばす。その瞬間、アルフォードの顔に絶望が走った。高潔な騎士の正論が、甘い堕落に敗北したのだ。


「……ほら、アルフォード様。殿下がお困りですよ」


 私は勝ち誇った顔でペンを取り返し、セオドアに握らせた。


「賢明なご判断です、殿下。……難しいことは下の者がやればいい。王様はただ、ニコニコと笑って、私の持ってくる紙にサインをすればいいのです」


「うん!シリル大好き!」


 セオドアが無邪気に私に抱きつく。私はその柔らかな髪を撫でながら、アルフォードに冷ややかな視線を送った。


(見ましたか?これが『安寧』です。苦悩し、責任に押し潰されそうだった父親ユリウスとは違う。思考を放棄し、私に委ねたこの子は、こんなにも幸せそうでしょう?)


「……お前は、この子の魂を殺している」


 アルフォードが震える声で呟いた。


「これが、お前の言う『支配』か……」


「ええ。誰にとっても幸福な形でしょう?」


 私はセオドアを抱き上げた。


「さあ、明日は戴冠式です。……お父様に会えますよ。ただし、私が教えた『挨拶』を忘れないでくださいね」


「うん、覚えてるよ。『面を上げよ……』だよね?」


「そうです。完璧です」


 私は満足げに頷いた。明日、この純真な悪魔の言葉が、ユリウスの心を跡形もなく粉砕するだろう。


 部屋を出て行く私の背中を、アルフォードは見送ることしかできなかった。彼もまた、私の支配構造の一部。この狂った教育を止める力は、もう彼には残されていないのだから。

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