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推しの安寧のため、ゲームの正史を裏切って国を乗っ取りました ~転生した鉄の子爵による、愛と支配の完全統治計画~  作者: 八雲 律


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第14話 理想家の敗北

 元老院会議での衝撃的な決定から、数日が過ぎた。王城は、来たるべき新国王セオドアの戴冠式に向けた準備で慌ただしく動いていた。その喧騒から切り離された執務室で、ユリウスは書類の山と格闘していた。


「……また、却下か」


 彼が提案した「戴冠記念の特別恩赦」と「貧民街への食料配給」の決裁書。それらが無情にも『保留』の印を押されて戻ってきたのだ。


「どういうことだ、シリル!説明したまえ!」


 呼び出された私は、恭しく一礼して入室した。手には、分厚い帳簿を抱えている。


「ご説明も何も、殿下。……予算がありません」


「予算だと?ヴァレット商会からの融資があるはずだ!」


「ええ。ですが、その資金はすでに『戴冠式の式典費用』と『王宮の修繕費』に計上されています。これ以上の支出は、財政破綻を招きます」


 私は帳簿を彼の前に広げた。赤字、赤字、赤字。私が意図的に操作した数字の羅列に、ユリウスが頭を抱える。


「だとしても、民への示しがつかない!新しい王の治世は、慈悲から始まるべきだ!」


「慈悲で腹は膨れません。必要なのは威厳です」


 私は冷淡に切り捨てた。


「元老院も、貴族たちも、幼い王を侮っています。だからこそ、戴冠式は豪華絢爛に行い、王家の力を誇示せねばならない。……それとも殿下は、可愛い息子さんが『貧乏王』と嘲笑われても平気なのですか?」


「っ……それは……」


「息子のため」


 この言葉を出されると、ユリウスは弱くなる。彼は唇を噛み、書類へのサインを諦めた。これでいい。彼は気づき始めている。「後見人」という肩書きには何の実権もなく、財布の紐を握る私の許可がなければ、水一杯すら民に与えられないことを。



 政治的な手足を縛った後は、精神的な支柱を折る番だ。その日の午後。ユリウスは気分転換を兼ねて、セオドアが住む「東の離宮」へと向かった。しかし、その入り口は屈強な衛兵たちによって閉ざされていた。


「通せ!息子に会いに来ただけだ!」


「なりませぬ。摂政閣下の命令により、戴冠式までの間、陛下の面会は謝絶となっております」


「なっ……!?私は父だぞ!父が子に会うのに許可がいるのか!」


 ユリウスが激昂し、衛兵に掴みかかろうとする。そこへ、私がタイミングを見計らって現れた。


「――お下がりください、殿下」


「シリル!これはどういう真似だ!セオドアに会わせろ!」


「今は『浄化の期間』です」


 私は静かに、だが威圧的に告げた。


「戴冠式は、王が神と契約を結ぶ神聖な儀式。それまでの間、新王は俗世との交わりを断ち、王としての心構えを作らねばなりません」


「まだ五歳だぞ!母親もいないあの子を一人にして、心細がっているに決まっている!」


「だからこそです。……甘やかしては、王になれません」


 私は一歩踏み出し、ユリウスを見下ろした。


「殿下。貴方はセオドア様を『息子』として愛しすぎている。ですが、彼はこれから『王』になるのです。親の情愛は、王としての自立を阻害する雑音ノイズでしかない」


「雑音、だと……?」


「それに」


 私は声を潜め、残酷な事実を突きつけた。


「貴方は『簒奪者(さんだつしゃ)』の汚名を着て、王位を退いた身だ。……その血塗られた影響を、無垢な新王に与えることは好ましくない。元老院もそう判断しています」


「……ッ!」


 ユリウスの顔から表情が消えた。私が彼に背負わせた冤罪と汚名。それが今、最愛の息子に会うことすら許されない「壁」となって立ちはだかったのだ。


「……セオドアは、人質か」


 震える声で、彼は呟いた。


「私が大人しくしていれば、あの子は安全なのか?」


「ええ、勿論です。私が責任を持って、立派な王に育て上げましょう。……貴方が余計な口出しをしなければ、ですが」


 ユリウスは拳を握りしめ、離宮の窓を見上げた。そこには、小さな人影が見えたかもしれない。だが、彼はその名を呼ぶことすらできず、力なく首を垂れた。


「……わかった。式までは、我慢しよう」


 彼は踵を返し、逃げるように去っていった。その背中は、以前よりも一回り小さく、脆く見えた。理想家は敗北したのだ。金という現実と、息子という弱点の前に。


「……やりすぎだ、シリル」


 物陰から、一部始終を見ていたアルフォードが現れた。彼は嫌悪感を隠そうともせず、私を睨んでいる。


「親子の絆まで引き裂く必要があるのか?ユリウス殿下はもう、お前に逆らう力などないだろう」


「念には念を、ですよ。アルフォード」


 私は愛する人の肩に手を置き、微笑んだ。


「親がいなくなれば、子供は誰かに頼らざるを得ない。……その『誰か』が私であれば、今後二十年は安泰だ」


「……お前は、人の心がないのか」


「ありますよ。貴方への愛だけが、たっぷりとね」


 アルフォードは言葉を失い、私の手を振り払えなかった。さあ、邪魔者は排除した。次はいよいよ、あのかわいい「白紙の王」に、私の色を塗りたくる時間だ。

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