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推しの安寧のため、ゲームの正史を裏切って国を乗っ取りました ~転生した鉄の子爵による、愛と支配の完全統治計画~  作者: 八雲 律


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第12話 無垢なる継承者

 王都の喧騒から離れた、王室の離宮。手入れの行き届いた庭園には、色とりどりの花が咲き乱れていた。それは、借金漬けの王国の実情とはあまりにかけ離れた、平和な光景だった。


「――よく来てくれた、二人とも」


 テラス席で待っていたユリウス王子が、満面の笑みで私たちを出迎えた。その足元には、小さな男の子が隠れるようにしがみついている。


「紹介しよう。私の息子、セオドアだ。……ほら、挨拶なさい」


「……はじめまして。セオドア・アウルムです」


 五歳になる王子は、父親に似た琥珀色の瞳をおずおずと向け、不器用な挨拶をした。そのあどけない姿に、隣にいたアルフォードの表情がふわりと緩む。


「……なんと可愛らしい。亡き妃殿下の面影がおありだ」


「だろう?私の宝だ。『神の贈り物』という意味の名に恥じない、自慢の息子だよ」


 ユリウスが愛おしそうに息子の頭を撫でる。アルフォードは膝をつき、子供の目線に合わせて優しく微笑みかけた。


「セオドア様。私はアルフォードと申します。困ったことがあれば、いつでも私をお頼りください」


「うん……!アルフォードお兄様、かっこいい」


「はは、お兄様とは。光栄です」


 和やかな光景だ。「正義の王子」と「高潔な騎士」、そして「未来の希望である幼子」。絵画のように美しい、光の側の住人たち。私は紅茶を啜りながら、その光景を冷ややかに値踏みしていた。


(五歳、か……)


 自我はまだ希薄。父親の言葉を絶対と信じている。教育次第で何色にも染まる、真っ白なキャンバス。――扱いやすい。


「シリル。君も、そう遠くない将来に家庭を持つだろう。子供はいいぞ、守るべき未来そのものだ」


 ユリウスが屈託のない笑顔で私に同意を求めてくる。私はカップをソーサーに戻し、目を細めた。


「ええ、そうですね。……未来、ですか」


「ああ。私が今、苦しい改革に耐えているのも、すべてはこの子に『誇りある国』を受け渡すためだ。借金のない、豊かな国をね」


 ユリウスは熱く語る。だが、彼はわかっていない。彼が夢見る「借金のない国」など永遠に来ないことを。彼が私の商会から借りた莫大な運営資金。その利息は雪だるま式に膨れ上がり、彼が王として在位する限り、一生かかっても返せない額になっていることを。


(……殿下。貴方では無理だ)


 理想に縛られ、現実の汚さを直視できない貴方では、私の傀儡としても使い勝手が悪い。すぐに「民のため」と言って私の搾取(りえき)を邪魔しようとするだろう。だが、この無垢な子供なら?何も知らぬまま玉座に座らせ、私が「摂政」として後ろから囁けば、サイン一つでどんな法案も通る「最高の玉璽」になる。


 まさに、神が私にくれた「都合の良い贈り物(セオドア)」だ。


 私は立ち上がり、セオドア王子の前に歩み寄った。


「セオドア様。……素敵なブローチですね」


「え?あ、ありがとう……」


「ですが、少し留め具が緩んでいるようです。直して差し上げましょう」


 私は跪き、王子の胸元の飾りに触れた。小さな心臓の鼓動が指先に伝わる。この子の未来も、命運も、今なら私の指先一つでどうにでもなる。


「……シリル」


 鋭い声が、私の思考を遮った。アルフォードだ。彼はセオドアから私を引き剥がすように割って入りる。セオドアを背に庇うように。


「……子供相手に、何を考えている?」


「おやおや。親切心で直してあげただけですよ?」


「嘘をつけ。……お前のその目、商品を値踏みするときの目だ」


 アルフォードの碧眼が、警戒心で鋭く尖っている。さすがだ。私の愛する人は、私の本質を誰よりも理解している。彼は気づいたのだ。私がこの幼子に、「慈愛」ではなく「利用価値」を見出したことに。


「考えすぎですよ、アルフォード」


 私は彼の耳元に顔を寄せ、誰にも聞こえない声で囁いた。


「ただ思ったのです。……この純粋な原石は、余計な色がついた古石よりも、ずっと綺麗に磨けそうだと」


 アルフォードが息を呑む。その意味を理解し、戦慄したように目を見開く。


「お前、まさか……」


「さあ、お茶が冷めますよ」


 私は微笑んでその場を離れた。背後で、ユリウスが「どうしたんだい、二人とも?」と呑気な声を上げている。何も知らない哀れな父親。貴方の「宝物」は、貴方を玉座から引きずり下ろすための道具に選ばれたのだ。


 帰りの馬車の中。沈黙が支配していた。アルフォードはずっと窓の外を向き、硬い表情を崩さない。


「……シリル。一つだけ聞く」


 屋敷に着く直前、彼が重い口を開いた。


「来週の元老院会議……本当に、ユリウス殿下が即位されるのだな?」


「元老院の決定事項は、議員たちの投票で決まります。私が決めることではありません」


「はぐらかすなッ!」


 アルフォードが私の腕を掴む。その手は震えていた。


「あの子はまだ五歳だ!親が必要な歳だ!まさか、あんな幼子を政争の具にするつもりではあるまいな!?」


「……優しいですね、貴方は」


 私は彼の手を優しく包み込み、指の甲に口づけをした。


「安心してください。……『最も国にとって有益な形』に収まりますよ」


 嘘は言っていない。私、すなわち国にとって、最も有益な形。それは、ユリウスという邪魔な理想家を排除し、幼いセオドアを傀儡として据える体制だ。


「信じているぞ、シリル」


 アルフォードの手から力が抜ける。それは信頼の言葉ではなく、すがりつくように自身に言い聞かせる祈りだった。すまない、アルフォード。貴方のその願いだけは、叶えてあげられない。


 馬車が止まる。運命の元老院会議。それは貴方が信じる「正史」が、音を立てて崩れ去る日だ。

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