表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
推しの安寧のため、ゲームの正史を裏切って国を乗っ取りました ~転生した鉄の子爵による、愛と支配の完全統治計画~  作者: 八雲 律


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/36

第10話 墜ちる太陽

 正午。王都の中央広場は、立錐の余地もないほどの群衆で埋め尽くされていた。 夏の日差しが照りつける処刑台の上。私は、後ろ手に縛られ、粗末な囚人服姿で跪かされていた。 目の前には、玉座にふんぞり返るクラヴィス王。その顔には、勝利の愉悦が張り付いている。


「民よ、聞け! この男、シリル・ヴァレットは、商人の分際で国を売り、敵国と通じた大逆人である! よって本日、公開処刑に処す!」


 王の声が広場に響く。だが、民衆の反応は鈍い。彼らの目は、王ではなく私に向けられている。憐憫と、疑念。


「本当に子爵が裏切ったのか?」

「彼の供給する武器のおかげで魔獣を退けられたのに……」


 ざわめきが広がる中、私は誰にも気づかれぬよう、小さく口角を上げた。


(いい空気だ。最高の舞台ですよ、陛下)


 視線を群衆の最前列に向ける。そこには、近衛兵に両脇を固められ、悔しげに唇を噛むアルフォードの姿があった。 彼は今にも柵を乗り越えて飛び出してきそうだ。その蒼白な顔。絶望に揺れる碧眼。 ああ、なんて美しいのだろう。君のその表情を見るためだけに、私はこの茶番劇を仕組んだと言っても過言ではない。


「執行人! 構え!」


 王の号令で、覆面の執行人が巨大な断頭斧を振り上げる。 刃が煌めく。アルフォードが「やめろッ!」と叫んだ、その瞬間だった。


「――待てッ!!」


 鋭い制止の声が、処刑台の空気を切り裂いた。 王城へと続く大階段の上。そこに立っていたのは、抜身の剣を掲げた第一王子、ユリウスだった。


「処刑されるべきは、そこの男ではない! ……父上、貴方だ!」


 ユリウスが叫び、羊皮紙の束を広場にばら撒いた。私が偽造した「王の売国密約書」だ。


「陛下は私欲のために国境の砦を敵国に売ろうとした! シリル子爵はそれを告発しようとして、口封じに捕らえられたのだ!」


「な……ッ!? 貴様、何をデタラメを!」


「黙れッ! 元老院もすでに承認した事実だ!」


 貴賓席にいた元老院議員たちが一斉に立ち上がり、王を指弾する。金で買われた彼らの「演技」は迫真だった。


「王を捕らえろ!」


 ユリウスの命令で、警備兵たちが王に殺到する。もみくちゃにされ、冠が泥に落ちる。


「放せ! 余を誰だと心得る! 罠だ! その男は悪魔だぞッ!!」


 王の絶叫は、民衆の歓声にかき消された。私は拘束を解いて駆け寄ってきたユリウスに、芝居がかった仕草で深く頭を下げた。 新たな太陽の誕生だ。だがその太陽は、夜の影に操られるだけの張りぼてに過ぎない。


 泥にまみれて連行される元王の背中を見送りながら、私は勝利の余韻に浸った。


 その夜、ヴァレット商会の最上階にある私室。 窓の外では、新体制の誕生を祝う花火が上がっているが、部屋の中は静寂に包まれていた。 私はソファに腰掛け、グラスの縁を指でなぞっていた。……指先が、微かに震えている。


(怖かったのか? 私が?)


 まさか。計画は完璧だった。死ぬ確率など、万に一つもなかったはずだ。 この震えの正体は、恐怖ではない。武者震いだ。 これから私は、人生で最大の「賭け」に出るのだから。


「……シリル」


 ノックもなしに、扉が開かれた。 入ってきたのはアルフォードだった。彼はまだ、昼間の興奮と恐怖が抜けきっていないようだった。肩で息をし、乱れた髪もそのままに、私を睨みつけている。


「……生きていたな」


「ええ。言ったでしょう? 全て計算通りだと」


 私がいつものように皮肉な笑みを浮かべようとした、その時だ。 ドンッ! いきなり胸倉を掴まれ、ソファの背もたれに押し付けられた。


「ふざけるなッ! 計算通りだと!? 私は……私は、貴様が死ぬと……ッ!」


 至近距離にあるアルフォードの瞳は、少し潤んでいるようだった。 高潔な騎士が、子供のように顔を歪めている。私を失う恐怖に、彼は押し潰されていたのだ。 その熱量に当てられ、私の喉が渇く。 彼の頬に触れようと手を伸ばすが、躊躇した。 触れていいのか? この手は、国を騙し、王を陥れた薄汚い手だ。そんな私が、彼の高潔な頬に触れる資格があるのか?


「……申し訳ない、アルフォード。貴方を心配させるつもりはなかった」


「嘘をつけ。お前はいつもそうだ。涼しい顔をして、私を置き去りにする」


 アルフォードの手が、私の首元に回る。絞めるためではない。すがりつくように、私の体温を確かめるように。 その必死な姿を見て、私の中の「理性」という名の糸が、プツリと音を立てて切れた。


「……置き去りになんて、できませんよ」


 私は彼の手首を掴み、その内側に口づけを落とした。 脈打つ血管。彼の命の音。 驚いて目を見開くアルフォードを、私は逃がさなかった。そのまま彼を引き寄せ、ソファに押し倒す。 立場が逆転する。 見下ろす彼の顔は、夕焼けたように赤く、驚きに満ちていた。


「シリル、何を……」


「アルフォード。……私は、貴方が思っているような『忠臣』ではありません」


 告白するなら、今しかない。 私は震える指で、彼の頬に触れた。熱い。火傷しそうなほどに。


「私はただ、貴方が欲しかった。貴方を誰にも傷つけさせたくなくて、世界ごと騙した。……それだけの、身勝手な男です」


「……知っている」


 アルフォードが、掠れた声で答えた。 彼は私の手から逃げようとせず、むしろ頬を寄せてきた。


「お前が狂っていることなど、とっくに知っている。……だが、その狂気に救われた私が、まともでいられると思うか?」


 彼の瞳が、潤んだまま私を射抜く。 そこにあるのは諦めではない。共犯者としての覚悟。そして、私と同じ種類の「飢え」だった。


「……貴様がいなければ、私はもう息もできない」


 その言葉は、私にとってどんな甘い愛の言葉よりも心に効いた。 心臓が早鐘を打つ。緊張で指先が強張る。 推しに触れる。神聖な存在を汚す。 その背徳感と歓喜で、頭がどうにかなりそうだ。


「……後悔しますよ」


「させるものか。……黙って、私を手に入れろ」


 挑発的な、けれど微かに震える声。 それが合図だった。 私はもう迷わなかった。彼に覆いかぶり、その唇を塞ぐ。 触れ合うだけの優しいキスではない。互いの存在を貪り、確かめ合うような、深く、必死な口づけ。


 熱い吐息が混ざり合う。 ワインの香りよりも濃厚な、彼の匂い。 服越しに伝わる心拍が、私と同じリズムを刻んでいる。 不器用に服を脱がせ合う指先がもどかしい。探り合うような視線が交差するたび、火花が散るようだ。


(ああ、これが……)


 彼を支配し、彼に支配されるということ。 檻を作ったはずの私が、いつの間にか彼の愛という檻に閉じ込められていた。


「愛しています、アルフォード……誰にも、渡さない」


「……ああ。私は、お前のものだ」


 その夜、王都の空に勝利の花火が上がる中、私たちは堕ちていった。 共犯者という名の、二人だけの甘い地獄へ。 もう二度と、この手を離しはしない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ