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推しの安寧のため、ゲームの正史を裏切って国を乗っ取りました ~転生した鉄の子爵による、愛と支配の完全統治計画~  作者: 八雲 律


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第1話 転生者は破滅を知る

 羊皮紙に走るインクの匂いと、整然と並ぶ数字の羅列。深夜の執務室には、ペン先が紙を擦る乾いた音だけが響いていた。


「――会頭。やはり、この廃坑への出資はリスクが高すぎます」


 恐る恐る声を上げたのは、古参の番頭だ。彼の視線は、私の手元にある古びた権利書に注がれている。北の国境付近にある、廃棄された銀山。今では魔獣が巣食うだけの「呪われた山」として、誰もが見向きもしない不良債権だ。


「リスク?」


 私は手を止めず、冷ややかな視線を彼に向けた。「誰にとってのリスクだ?ヴァレット商会にとってか?それとも、常識に囚われた君の保身にとってか」「し、しかし……!産出量ゼロの山に、これほどの巨額を投じるなど正気の沙汰ではありません!」「黙って見ていろ。半年後、この山は黄金を生む」


 有無を言わせぬ口調で切り捨て、私は権利書にサインをした。番頭は青ざめた顔で部屋を出て行く。無理もない。常識的に考えれば、ただの金持ちの道楽に見えるだろう。


 だが、私には「見えて」いるのだ。この廃坑の奥底に眠るものが、銀など比較にならない戦略資源――『魔鉱石マナ・クリスタル』の鉱脈であることを。


 なぜなら、この世界は私が前世で熱狂したBLゲーム、『王冠と薔薇の誓い』の中なのだから。


 


 前世の記憶が蘇ったのは、十九歳の冬だった。高熱にうなされ、生死の境をさまよった末に目覚めた私は、鏡に映る自分の顔を見て愕然とした。


 シリル・ヴァレット。ゲームのモブですらない、貧乏商家の三男坊。それが私の新しい名前だった。


 当時のヴァレット商会は、まさに沈没寸前の泥船だった。先代である父が流行り病で急逝し、残されたのは帳簿を赤く染める莫大な借金のみ。


「冗談じゃない!こんな負債、背負えるわけがないだろう!」「俺だって嫌だぞ!母さんの実家に身を寄せるからな!」


 葬儀の直後、長男と次男は我先にと相続放棄を主張し、金目の物を持ち出して逃げ出した。残されたのは、高熱から目覚めたばかりの私と、途方に暮れる使用人たちだけ。


 普通なら絶望する状況だ。だが、私は震える手で帳簿をめくり、そこに記された取引先リストを見て、口元を歪めた。ニヤリ、と。


「……馬鹿な兄たちだ。宝の山を捨てて逃げるとは」


 確かに金はない。信用もない。だが、この商会には、ゲーム内で数年後に大高騰する「特定の香辛料」の独占輸入権があった。今の時代では二束三文のゴミ扱いだが、私の知識があれば、これを「貴族の嗜好品」としてブランディングし直すことができる。


 それに、ゼロからのスタートなら好都合だ。しがらみも、無能な親族の干渉もない。私の独裁で、最短最速で「力」を作れる。


「私が継ぎます」


 呆然とする古参の番頭に、私は告げた。「その代わり、全権を私に委ねていただきます。文句は言わせない」


 そこからの私は、憑かれたように動いた。武器は、前世の現代知識と、ゲームで得た「未来の予言書」とも言える知識だ。


 現代の複式簿記を導入して金の流れを透明化し、先物取引の概念を持ち込んで市場を操作しただけではない。ゲーム内で数年後に流行するはずだった「簡易魔導コンロ」の特許を先回りで取得し、未開の地とされていた東方諸国との交易ルートも、ゲーム内の地図を記憶していたおかげでいち早く開拓した。北の地方だけで採れる無名の草が、実は万能薬の原料になることも知っていた。


 なりふり構わず、冷徹に、合理的に。競合他社を叩き潰し、あるいは吸収し、斜陽だった実家の商会をわずか五年で王国屈指の巨大商会へと押し上げた。


 すべては、今日という日のためだ。この世界には、「彼」がいる。私の最愛の推し、アルフォード・ヴィルトゥスが生きているのだ。


 ゲームの中のアルフォードは、高潔で美しい騎士であり、攻略対象の一人だった。だが、彼のルートは茨の道だ。正義感が強すぎる彼は、王国の腐敗に立ち向かい、そして――ゲームの正史である「ユリウス王子ルート」の果てに、逆賊の汚名を着せられて処刑される。


(あんなに気高く美しい彼が、断頭台の露と消える?)


 ふざけるな、と思った。そんな結末シナリオは認めない。神が定めた運命だろうと、私がへし折ってやる。そのためには力が要る。奇跡を願う祈りではない。運命すらねじ伏せる、圧倒的な「金」と「権力」という物理的な力が。


 


 数日後、王都の貴族街で開かれた夜会。新興の豪商として招かれた私は、シャンパングラスを片手に、会場の隅で息を潜めていた。


 着飾った貴族たちが、私に媚びた視線を送ってくる。成り上がりの若造と侮りながらも、私の背後にある金脈には涎を垂らす。浅ましいハイエナどもだ。


 そんな有象無象はどうでもいい。私の視線は、会場の中央にいる一人の青年だけに注がれていた。


 ――ああ、なんて美しい。


 プラチナブロンドの髪はシャンデリアの光を吸って輝き、意志の強さを宿した碧眼へきがんは、宝石よりも澄んでいる。アルフォード・ヴィルトゥス伯爵。二十四歳。私と同じ歳にして、若くして名門ヴィルトゥス家の当主となった男。


 だが、その身に纏う衣装は、手入れこそ行き届いているものの、流行からは数年遅れた古い仕立てのものだった。彼の両親は早世し、残されたのは傾いた家計と、領民を食わせるための莫大な借金だけ。それでも彼は、背筋を伸ばして凛と立っている。腐敗した貴族社会の中で、彼だけが泥中の蓮のように清らかだった。


(痩せたな、アルフォード)


 遠くから彼を見つめる私の胸に、暗く重い熱が広がる。心臓が早鐘を打ち、指先が震えるほどの歓喜と、どうしようもない独占欲。


 このままゲームのシナリオ通りに進めば、あと一年で彼は王位継承争いに巻き込まれ、破滅する。その高潔さが、彼自身を殺すのだ。


(君は清らかなままでいい。汚いことはすべて私がやる)


 君が望む正義も、理想も、民の安寧も。すべて私が買い占めて、君の足元に敷き詰めてやろう。だから君は、私の作った檻の中で、ただ美しく咲いていればいいのだ。


 ふと、視線を感じたのか、アルフォードがこちらを向いた。目が合う。彼は礼儀正しく、しかしどこか警戒心を滲ませて、軽く会釈をした。私も無表情のまま、優雅にグラスを掲げて答える。


 初めまして、私の愛しい人。そして、さようなら。君が「自由」だった最後の夜に。


 私は飲み干したグラスを給仕に預け、踵を返した。準備は整った。私の手元には、借金に苦しむヴィルトゥス家が所有する、「無価値な廃坑」の権利書がある。明日、私は彼に商談を持ちかけるだろう。


 それは、救済という名の、永遠の支配契約の始まりだった。

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