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吸血鬼に愛された世界に、祝福の花が咲き誇りますように  作者: 海坂依里
第2章「花候~未来に繋ぐ日々~」
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第4話「笑み」

「何か悩みがあるときや不安なときは、美味しい物でも食べて、一旦、忘れてしまえばいいんです」


 心を揺さぶられる。

 心が惹かれる。


「美味しい食べ物は、人生を豊かにしてくれますから」


 子どもを産むために、丈夫な体でありなさいと言われてきた。

 私の身体は、将来に授かる子どものためのもの。

 子どものために、ちゃんと食べなければいけないと教え込まれてきた。

 けれど、晴馬(はるま)さんが生きる世界では、自分のために食事を選んでいいのだと教えてもらう。だからこそ、願ってしまう。


(私も、晴馬さんが生きる時代に産まれてきたかった……)


 どんなに願ったところで、過去に戻ることができないということを嫌になるくらい痛感する。


「晴馬さん」


 でも、過去に変えることができないと分かっているのなら、今を変えていくしかない。


「初めて言葉を交わしたとき、晴馬さんのお仕事を侮辱する発言をしてしまって……本当に申し訳ございませんでした」


 ソフトクリームと呼ばれている食べ物を持つ手が、だんだんと温度を下げていく。

 空を見上げれば眩いほどの太陽の光が世界に注がれていると分かるのに、私の体温だけは一方的に下がっていく。


「命を護ってくれていた方に、あんな酷いこと……」


 でも、温度が下がっていく感覚を、気のせいだって思い込んで言葉を紡いでいく。

 傷ついたのは私、ではない。

 傷ついたのは、晴馬さん。

 晴馬さんを傷つけたのは、私。


「私の発言を許してもらえるとは思っていませんが、それでも謝罪を……」

「本来は、院瀬見(いせみ)がお嬢様に手を出す前に動くべきでした」

「でも……!」


 本当は、こんな会話をしたくない。

 せっかく晴馬さんと一緒に過ごすことのできる時間を、寂しい会話で潰してしまいたくない。でも、私は選んだ。

 晴馬さんが謝る展開になってしまうのは想像できたけれど、私も晴馬さんに謝ることをやめたくないと思った。


「私は、生きています」

「…………」

「生きているから……」


 晴馬さんは、謝らないでください。

 伝えたい言葉を音にして、晴馬さんの聴覚に届くようにと祈りを込める。


「あ、晴馬さん、ソフトクリームが溶けて……」

紅音(くおと)様」


 口元に、優しく触れる人がいる。


「無理に口角を上げろとは言いません」


 繊細であり、陶器のように美しくもある、その手。


「無理に元気を出せとも言いません」


 私に触れたところで、私は壊れたりなんかしない。

 それなのに、まるで割れ物を取り扱うときのように触れてくれる。


「でも、いつかは紅音様の口角が自然と上がるように」


 晴馬さんと過ごす時間は、私にとって凄く心地の良いもの。

 私も晴馬さんのような優しさを、いつも心に秘めていたいなと思う。


「精いっぱい努めさせていただきます」


 晴馬さんと出会ってから、何度も何度も感じてきたことがある。

 ああ、これが物語の世界だったら、どんなに幸せだろうか。

 いつか別れを迎えてしまう関係ではなく、永遠に続く物語だったらいいなと何度も何度も妄想を膨らませたことがある。


「私たちは、まだ出会ったばかりです」


 せっかく私の相手をしてくれるのだから、私と接してくれる相手の人にも心地の良い時間を過ごしてもらいたい。

 欲を出すのなら、その人を大きな優しさで包み込んであげられるようになりたい。


「それなのに、そこまで優しくしていただく価値が自分にあるとは……」

「軽い男すぎましたか、ね」


 晴馬さんから逃げ出すように顔を背けようと思ったら、私が顔を背けることなんてお見通しだったらしい。

 私は晴馬さんに顔を覗き込まれ、逃げ場を失う。


「えっと……そうですね、どうしましょうか」


 私の瞳を覗き込んだのも束の間、晴馬さんは視線をさ迷わせて悩み始めてしまった。


「こういうの、初めてなもので……」


 私に付き添うのは、吸血鬼狩りの菖蒲(あやめ)さんでも構わないはず。

 戦力の関係とか、吸血鬼狩りの都合とか、そういうことは一切知らない。

 尋ねることもしなければ、教えてくれることもない。


「難しいですね」


 吸血鬼狩りの方が、私に付き添ってくれるのは義務だと思っていた。

 義務であることは間違いないけれど、私たちの関係を切ろうと思えば、いつでも切ることができてしまう。

 そんな浅い関係でしかないと思っていたけれど、こうして晴馬さんが隣にいてくれることには意味があった。


「女性とお話しするのが、こんなに難しいとは思いませんでした」


 柔らかくて、優しくて、穏やかで、とても綺麗。

 たとえる言葉が見つからないほどの幸せそうな笑みを浮かべながら、晴馬さんの瞳は私の存在を受け入れてくれた。


「きっと晴馬さんの気づかないところで、世の女性は騒ぎ立てていると思いますよ」

「残念ながら、その問いへの答えが見つかりません」

「残念ですね」

「ええ、自分でも、そう思いますよ」


 吸血鬼狩りと、その被害者。

 簡単に切れてしまう関係だと思っていたのに、晴馬さんが言葉を交わし続けてくれることで希望が生まれ始める。

 ここから、関係をやり直すことができるのではないかということを。


「やはり、紅音様は笑顔がお似合いです」

「笑顔……?」

「自覚ありませんか? 今、とても意地悪そうに笑われていますよ」

「っ」


 出会ったばかりの頃は、まず共通の話題を見つけることが難しいと婚約者が教えてくれた。

 特に話したいこともなくて、婚約者と一緒にいる時間がただただ窮屈だった。


「申し訳ございません。紅音様との会話が楽しくなってきたもので」


 でも、晴馬さんとはお話をしたい。

 言葉を交わすことを、続けていきたい。


月見里(やまなし)のお屋敷に、決して笑うことがない令嬢がいると伺ったときから気になっていたのかもしれませんね」


 時には、一方的な会話になることもあるかもしれない。

 それでも、晴馬さんに話したいことが沢山ある。


「単に、俺が紅音様の笑顔を見たい」


 言いたいことが纏まらなくなるような、そんな日が来るなんて思ってもみなかった。


「そんな願いが生まれてきます」


 きちんと顔を上げて、視界に晴馬さんを映し込む。

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