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吸血鬼に愛された世界に、祝福の花が咲き誇りますように  作者: 海坂依里
第1章「花影~まだ、未来は見えないけれど~」
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第5話「砂」

「私には、紅音(くおと)しかいないんだ!」


 普段なら、心をときめかせてしまう言葉かもしれない。

 これが普通の恋の物語なら、私は婚約者の言葉に心を打たれたかもしれない。

 でも、私には違う意味の言葉に聞こえた。

 世の中に女性は数多くいても、子を産むための道具は私しかいない。

 そう言われているみたいで、あ、この人は最後までらしいのだなと思った。


「どうして、この時代にいることがばれた……」


 遠くで、銃声が響く音が聞こえる。

 聞き慣れない銃声から逃げ出すように、私たちは屋敷の中を走り抜ける。

 その際に私を連れて歩く婚約者がぽろぽろと言葉を零すけれど、私にその言葉の意味はまったく分からない。


院瀬見栄一(いせみえいいち)


 私たちは、このまま誰ともすれ違うことなく屋敷を抜け出るものだと思っていた。 

 けれど、私たちの逃走を妨害するように薄青い袴を着た男性が立ちはだかった。


書生(しょせい)さん……」


 少し長い黒髪が、ほかの書生とは違っていた。

 見間違うことのない書生の彼は、真っすぐな視線を院瀬見様へと向ける。


「その子の手を離してください」


 拳銃を手にした書生の彼は、院瀬見様に銃口を向ける。


「この子は、貴重な血の持ち主……そう簡単に手放すわけにはいかなくてね」

「そうですか。では、自ら死をお望みってことでいいんですね?」


 院瀬見様は、私の手首を強く握る。

 痛いと感じたけれど、彼が一歩。

 また一歩と、私たちとの距離を詰めていることに気づいた私は口を慎んだ。


「そっちだって情報が欲しいはずだ! 私を殺すわけがない……」

「まあ、そういう考えもありますけどね」


 私たちと彼との間に距離というものが存在しなくなると、男性は拳銃を使って院瀬見様の口を大きく開かせる。

 そして、その口の中に無理矢理、銃口を差し込んだ。


「でも、残念」

「んんんんんんっ!」

「吸血鬼狩りって、そんなに甘いものじゃないので」


 男性は空いている方の手で、私の視界を塞ぐ。


酒々井(しすい)さんっ!」


 何も見ることができない真っ暗な視界は、より聴覚を鮮明に動かす。

 銃声音は近くで鳴らず、銃弾が窓硝子を突き破る音の方が大きく聞こえた。


「視界を塞いだまま、事を終えるのもいいと思います」


 先ほどまで凛とした声で喋っていた男性の声質に変化が訪れ、緊迫した時間が終わったのだと悟る。


「でも、あなたが見たいと望むのなら……」


 男性の優しい声を受け、私は自分の視界に光を入れることを望んだ。


「大丈夫ですか?」


 辺りに院瀬見様の姿はなく、残されているのは血の海と大量の砂。

 一体どこから運ばれてきたのかなんて考えようと思考が動き始めるけど、私の思考はすぐに考えることをやめた。考えるまでもない。


「気持ちが悪くなったら、俺の手を掴んでください」


 私と彼の召し物にも、若干の血が付着している。

 それでも男性は優しい声を途絶えさせることなく、常に気を遣ってくれる。


「この血も、この砂も、私の婚約者のものですか」


 そんな男性の気配りを無視するように、私の頭は酷く冷静に物事を処理していく。


「ええ」


 月見里家(やまなし)の令嬢が、こんなにも冷酷な人間で驚いているかもしれない。

 こんなにも淡々と物事を受け入れられる私がいること自体、私を助けてくれた彼にとっては異常かもしれない。

 でも、それでも、彼は私の手を離さないでいてくれる。


「私の婚約者は、人ではなかったのですね」


 私たちに近づいてくる人がいる。

 足音が聞こえる。でも、彼が警戒心を抱くことはない。

 だったら、この足音は近づいても平気なもの。


「酒々井さん、片づきました」

「その返り血をなんとかしなさい! ただでさえ、一般人は血の香りが……」


 声がした方を振り向き、私は声の主と対面する。


「申し訳ございませんでした」


 振り返ると、そこには西洋風のお召し物を来た女性の姿。

 彼女が着ている、ふわっとした袖のブラウスは血飛沫とは縁遠い純白を誇っていた。

 一方の書生の彼は、血で汚れていないところを探す方が難しいほど、血に塗れていた。

 彼と久しぶりに会うことができたのに、彼は私と目を合わせてくれない。


「お嬢様が部屋から連れられる前に、対処しなければいけませんでした」


 私は、私を助けてくれた書生さんの名前を尋ねていなかったことに気づく。


「怖い想いをさせたこと、深くお詫び申し上げます」


 社交辞令とも思えるような言葉の数々が並べられ、胸が痛むのを感じた。

 彼は自分の名を名乗ることなく、私の前からいなくなるつもりなのかもしれない。


「書生さんが、無事で良かった……」

「無事で良かった……」


 手を伸ばして、血で染め上げられた彼の頬に触れる。

 指で血の跡を辿ると、自身の指も赤く染め上げられていく。

 それが嬉しいなんて言葉にしたら、あの子は人の心を持たないと後ろ指を刺されることになるかもしれない。


「私を助けてくれて……」


 きっと、私に名を告げることなく去ってしまうのだと思った。

 私たちの関係は、ここで終わってしまうと悟った。


「ありがとうございました……!」


 それでも。

 それなのに。

 私は、彼を赤く染め上げたものを拭い去りたいと思ってしまった。

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