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吸血鬼に愛された世界に、祝福の花が咲き誇りますように  作者: 海坂依里
第6章「花信~未来に繋がるようにと祈りを込めて~」
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第6話「晴れ」

(必要最低限の荷物だけ持って……)


 変わっていく。

 世界がほんの少しずつ変わっていく。


「行ってきます、お母様。お父様」


 世界は、どんどん変化していく。

 明るい未来に向けて。

 希望ある明日に向けて。

 それぞれが望む将来に向かって、ひとつひとつ変わっていく。


晴馬(はるま)さん、次に会うときまでには強くなってみせますよ」


 自分を育ててくれた環境から旅立つ瞬間。

 妄想の中で、大好きな人の声を聞いた。

 嫌な現実から逃げ出したてしまったときに、俺を一番に支えてくれた大好きな人の声が優しく鼓膜を呼び起こす。


「こんなときに応援の言葉なんて、狡いですね」


 遺体が消えた後も、月見里(やまなし)家の桜は毎日枯れることなく咲き続けている。

 そんな桜の花びらに、どうしてこんなにも魅了されるのか。

 どうして、こんなにも愛しいと思うのか。


「またいつか、私と会ってもらえますか」


 恐怖感さえ抱いてしまいそうなほどの絶景。

 桜の木を見ていると、立ちくらみが起きて倒れ込んでしまいそうになる。


「晴馬さんの記憶をすべて、抱き締めさせてください」


 いつか物語が終わった、その日。

 桜が舞い散る世界で、あなたと抱き締め合うことを許してほしい。


「っ」


 月見里家の外には何度か出たことがあるはずなのに、月見里家の外の世界にも桜景色が広がっていることをすっかり忘れてしまっていた。


「綺麗だね」

「見事なものだ」


 街行く人たちは月見里家の外で咲く桜並木に夢中になっていて、あ、月見里家の外に出ても人がいるのだということに気づかされる。


「……この時代では、晴馬さんと花見ができませんでしたね」


 正直、花見どころではなかったけれど。

 勇ましくいられるように振る舞ってはみるものの、その振る舞い方が正しいものかすら分からない。

 本当の自分は、本当に弱くて弱くて情けなさすぎる存在だから。


「おかあさん、見て! 見て!」

「ほら、走ると転んでしまうわよ」


 自分は独りなのではないかと思い込んでしまうときもあるけれど、そう思い込んだときは振り返ってみればいいということに気がついた。


(今の自分がいるのは、皆さんと過ごした時間があったから)


 言い聞かせる。

 そうでもしていないと、まだまだすぐに折れそうになってしまうから。

 独りではないはずなのに、自分は独りでこの世界を生きていかなきゃいけないって思い込みに負けそうになってしまう。


「今日は暖かいですね」

「花も元気がなさそうに見えたけど、ようやく春らしい気候になってきましたね」


 自分が経験したはずの出来事は、それは遠い世界の誰かが経験したことのように思えてくる。

 物語の終わりは、自分が思っていた以上にいつもあっけない。

 それがなんだか悲しくもあり、切なくもある。

 物語の終わりは、どこか寂しさという感情をまとっているかのようだった。


(終わった……)


 すべてがあっという間に終わってしまって、物語を読み終わった実感が湧かない。


(もっと……もっと……物語の続きが欲しかった……)


 太陽の光が、私たちの体温を上げるのを手伝ってくれる。

 もう、寒さで震えることはないんだっていう安堵の気持ちに泣きたくなる。

 それなのに、涙が止まらなくなりそうだった。


(泣いたら駄目……顔を上げて、空を見上げて……)


 月見里紅音(やまなしくおと)の物語は、幸福な結末を迎えた。

 もうすぐで新しい物語を捲り始めたときの、初めて生まれるはずの希望に心が震え出すはずだから地面との睨めっこをやめてみよう。


「すみません」


 私を包み込んでくれる太陽の光のあたたかさが心地よく、そんなあたたかさが涙を誘う良い材料になり始める。


「少しお時間、宜しいですか」


 こんなにもあたたかな光を、すべての物語に届けたい。


「お伺いしたいことがあるのですが」


 彼の声を、彼の言葉を、好きだと思う。


「と、尋ねる前に、桜の花びらが髪に」


 あなたに、何度も何度も救われてきたせいかもしれない。

 自分自身が希望を捨てなければ、絶対に大丈夫だとを教えてくれたからかもしれない。


「取れました」


 自分の頭に舞い降りてきてくれた桜の花びらを、彼がそっと掬い上げる。

 物語の一場面のような美しすぎる光景に、一瞬見惚れてしまった。


「……お互い、花びら塗れですね」

「これだけ美しい桜が咲き誇っていますからね」


 今度は私が、彼の肩や髪に降りてきた桜の花びらを取る。

 そんなことをしても無意味なくらい桜は舞い続けていて、これが旅立ちを祝福する花びらなのかもしれないと妄想を膨らませる。


「月見里紅音様という女性を探しているのですが、ご存じありませんか」


 桜が舞う。

 ひらひらと。


「くすっ、ふふっ」

「笑わないでください」

「ごめんなさい……」


 桜が舞う。

 はらはらと。


「初めまして。月見里紅音様の護衛を任されることになりました、花里晴馬と申します」


 人間に綺麗な世界を見せようとしている神様のことを、とても意地悪だと思う。

 晴馬さんたちが生きる世界は争いが続けられているのに、神様が人間にもたらした演出はとても狡いと思う。卑怯だと思う。

 こんなにも美しすぎる景色を提供されてしまったら、人は生きたいと願ってしまう。


「私……晴馬さんのことを巻き込んでもいいですか」

「巻き込むとか、そういうことではないですよ」


 神様の手で彩られていく世界は今日も、花びらを降らせることをやめない。

 こんなにも幸せなのに、泣きたくなってしまうのはどうしてだろう。

 寂しくなんてないのに。

 もう独りではないと分かっているのに。

 涙を止められなくなりそうな状況にさせるのは、どうしてだろう。


「俺は、紅音様と一緒に生きていくことを望んだ。ただそれだけのことです」


 桜が舞う。

 空から舞い散る淡い桃色に、泣きたくなるような感情を抱いてしまうのはどうしてだろう。でも、きっと、その感情すら気のせいなのかもしれない。


「……っ、晴馬さんっ!」


 最高で、最上で、最大級の幸せを。

 幸せに満たされて、泣いてしまうくらい。

 それだけたくさんの幸せを、晴馬に送ることができる人間に私はなりたい。

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