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吸血鬼に愛された世界に、祝福の花が咲き誇りますように  作者: 海坂依里
第6章「花信~未来に繋がるようにと祈りを込めて~」
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第4話「名前」

「未来を選んでくれたら、必ず幸せにします」


 晴馬(はるま)さんという人は、さっきから信じられない言葉ばかりを贈り物として与えてくれる。

 幸福という感情が満ちていくけれど、嬉し涙というものは晴馬さんの言葉によって塞き止められていく。

 晴馬さんの声は、まだ泣いてはいけないと伝えてくれる。


「ここに残ることを選んだのなら」


 まだ、別れのときではない。

 ただ、言葉を交わし合っているだけ。

 ただ言葉を交わすだけで、泣きそうになる。


「ちゃんと食べていってください」


 でも、ここは泣くところではない。


「ちゃんと眠ってください」


 溢れ出しそうな涙を必死に堪えて、口角を上げて微笑んでみる。


「生きることを、諦めないでください」


 私が作り込んだ笑顔は、晴馬さんに上手く安心感を与えることができたらしい。

 晴馬さんは穏やかな笑みを返してくれて、極上の安堵を私に与えてくれた。


「晴馬さんの手」

「俺の手、ですか?」


 晴馬さんが人の温もりを一番必要としていた時期に、私は晴馬さんの傍にいることはできなかった。

 出会う前の出来事だったと言われれば仕方がないことだとは思うけど、その仕方がない事柄に抗ってまでも私は過去の晴馬さんに会いに行きたい。


「いつも優しくて、いつも温かくて」


 今度は私が、晴馬さんを傷つけるものから守ってあげたい。

 晴馬さんの幸せを、これから先も願っていきたい。

 吸血鬼と人間が戦っている世界で何を言っているのって思われるかもしれないけど、大切な人たちが幸せになることを私はずっと願っている。


「これからも、多くの人を救うための手なのだと感じます」


 その手は、吸血鬼と戦うための手でもある。

 けれど、一般の人たちが平和で生きられるように、吸血鬼を殲滅するための手を晴馬さんは手に入れたということでもある。


「どうか、生きてください」


 生きてほしいという願いは、吸血鬼との戦いが繰り広げられる世界では叶えようのないものかもしれない。

 でも、晴馬さんが生きることを諦めなかったからこそ、生きることを選択してくれたからこそ、ここにいる。

 その選択を選んだことを、どうか誇りに思ってほしい。


「晴馬さん」


 悔しい。

 こんなときに、大切な人の名前を呼ぶことしかできない。

 戦う力を持たない人って、こんなに無力なのかなって思い知らされる。

 大切な人のために何もできなかった自分が腹立たしいからこそ、私は私にできることを見つけなければいけない。


「自分の手は、穢れているものだと思い込んでいました」


 晴馬さんが自身の手を見つめながら、ぽつりと言葉を溢す。

 晴馬さんが戦う相手は人間ではないけれど、それでも命あるものの命を奪いにいかなければいけない。

 吸血鬼たちが生きていく世界になるのか、今まで通り人間たちが生きていく世界になるのか、共存を目指すのか。

 これは、生きる場所を懸けた戦い。命を奪う者と、命を守る者の戦い。


「穢れていません……」


 この世界に生まれてきたからには、未来に希望を抱いて生きていけるようになりたい。

 吸血鬼と戦う力を持たない人たちが住む世界を、こうして守ってくれる人たちがいるということを忘れてはいけない。


「この手は、護りたいと思うものを守るための手です」


 私の初恋は、もうとっくの昔に終わったものだと思っていた。


「紅音様」


 名前を呼ばれることが、こんなにも怖いと思わなかった。

 名前を呼ばれることが、こんなにも嬉しいと思わなかった。


「最後に、紅音様に触れてもいいですか」


 怖い。

 嬉しい。

 怖い。

 嬉しい。


「はい」


 いつもは私が貧血で倒れてしまわないように、加減して血を吸ってくれる。

 でも、今日は二人で過ごす最後の夜。

 加減することなく血を吸ってもらえることに、身体が喜びを感じ始めていく。


「本当は、ずっと怖かった……」

「っ、晴馬さん……?」


 不安そうな声で彼の名前を呼ぶと、彼はいとおしげに私の瞳を見つめてくれる。


「このまま血を吸い続けたら、紅音様を殺してしまうんじゃないかって」


 熱に浮かされるように言葉を紡ぎながら、晴馬さんは首筋にそっと牙を差し込む。


「欲望の赴くままに血を貪る、吸血鬼になり果てるんじゃないかって」

「晴、馬、さ……」


 言葉の合間、合間に、私は必ず彼の名前を呼んだ。


「でも、紅音様は、ずっと俺の名前を呼び続けてくれた」


 溢れる血液を吸われ、強い刺激が首筋を走る。


「紅音様が、俺を繋ぎ止めてくれたんですよ」

「晴馬、さ……」

「っは」


 何度も、何度も、彼に触れられる。

 彼が首筋を食むたびに大きく反応する身体を抑えようと思うと、彼には力を抜くように促されてしまう。また、私の身体は彼の熱を拾い上げていく。


「吸血鬼の記憶と感情に触れることができるという、紅音様の異能と出会えたことを」


 ごぷりと溢れる血を舐め、(すす)られた。


「奇跡と呼ばせてください」


 そして再び、甘く牙を突き立てられる。


「紅音様がいてくれたから、俺は俺でいられた」


 愛している。

 彼の感情が伝わってくるのが嬉しすぎて、怖すぎて、嬉しすぎて、彼の体にぎゅっと抱き着いた。


「最後に、もっと名前を呼んでください」


 吸血鬼にとって、私は異質な存在のはずだった。

 異質な存在は愛される立場にもなれるけれど、拒まれる立場にもすり替わってしまう。


「紅音様の声を、ずっと記憶に留めておきます」


 愛しています。

 彼の口から紡がれた言葉に、一筋の涙が溢れる。


「晴馬さん」


 彼の唇に、自身の唇を重ねる。


「紅音さ……唇に血が……!」


 もう一度、彼の唇を自身の唇で塞ぐ。

 すると、今度は彼の唇によって、私の唇が荒々しく塞がれた。


「俺と出会ってくれて、ありがとう……」


 次に訪れる春には、変わっていますか?

 次にやって来る春には、晴馬さんは笑ってくれていますか?

 きっと誰もが、花里晴馬さんの幸せを願っています。

 だからどうか、次の季節が巡る頃には必ず幸せになっていてください。

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