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吸血鬼に愛された世界に、祝福の花が咲き誇りますように  作者: 海坂依里
第5章「花殻~知らないままでも、生きることはできたけれど~」
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第7話「守る」

「みんな、花里(はなさと)の当主を必要としていなかったんだよ。紅音(くおと)

「お父様……」

花里の当主(この人)が死んで、みんなが喜んでいる」


 父の言葉に、何も返すことができない。


「二人で幸せになりなさい、紅音。晴馬くん」


 晴馬さんのお父様は、晴馬さんのおじい様に仕えていた吸血鬼によって殺された。 

 でも、晴馬さんお父様を間接的に殺したおじい様は亡くなった。

 もう晴馬さんの大切な人たちが傷つけられずに済むと考えるだけで、ほっとした想いを抱いてしまう。


「さあ、私の手を取りなさい」


 私の血は、吸血鬼にとっては甘美なるもの。

 でも、この父の言葉も、吸血鬼の坂上さんにとっては甘美なるものだったのかもしれない。

 (すが)らざるを得なくなるくらい、坂上さんにとって父の言葉は魅惑的だったのだと思う。


「私は、二人を幸せにするために手を貸す。君たちも、私の幸せのために力を貸しなさ……」

「俺は、吸血鬼狩りになったときに誓ったんです」


 晴馬(はるま)さんが顔を上げて、父と向き合う。


「大切な人たちを、自分の手で守れるようになろうって」


 父に真っすぐな視線を向ける晴馬さんの目は、もう曇っていなかった。


「でも、俺の願いを叶えてくれたのは、紅音様のお父様でしたね」


 この場にいる誰もが、晴馬さんと同じ気持ちだと思う。

 晴馬さんと一緒に時代を飛び越えてきた橙耶さんだって、晴馬さんと同じことを思った。

 だからこそ、父に手を貸したのが惨劇へと繋がってしまった。


(大切な人たちを守りたいという気持ちは、肯定したい感情のはずなのに)


 この場にいる人たちは、皆が大切に想う人たちの幸せを願っている。

 でも、その望みの叶え方が歪に思えてしまう。


(晴馬さんが、おじい様を憎んでいた気持ちも本物)


 だけど、晴馬さんにとっての大切な人でもあったのだと思う。


「晴馬さん……」


 晴馬さんにとって、大切な人。

 おじい様が死んだことに対して、何も思わないわけがない。


「私の父が犯した罪を、どうか許さないでください……」


 晴馬さんの名前を呼ぶ。

 現実へと帰ってきてくれた晴馬さんは、視界に私を映してくれる。


「紅音様……」


 晴馬さんにとって大切な人が亡くなってしまったことが胸の中に蹲っていて、晴馬さんと向かい合っているだけで泣きそうになってきてしまう。


「晴馬さんは、こんなことを許す人ではないです」


 体から力が抜けきってしまっているのに、これからどうしたらいいのだろう。

 父と戦って、父がやってきたことを正す?

 でも、父がやってきたことは、全部私たちのためを想っての行動だった。


「私が生きた時代を守るために、晴馬さんは来てくれましたから」


 晴馬さんが、腕の中で眠る祖父を死体の山へと戻す。

 まだ顔を認識できるご遺体と、白骨化した遺体が混ざり合っている死体置き場。

 誰が殺されているかも分からない遺体たちの中に、また一体のご遺体が弔われる。


「吸血鬼狩りとして、私が生きる時代を守ってくれましたから」


 声が、震えそうになる。

 そんな震えすら、誰も邪魔をしてこない。

 こんな事態を招いた父親すら、私を見守ってくれているなんて可笑しすぎる。


「晴馬さんは、人を殺すことを絶対に許さない人です」


 今、私は、どんな表情をしているのでしょうか。

 父と同じ、冷酷で優しい表情をしているのでしょうか。


「……月見里(やまなし)様、そこに横たわっているご老人を殺してくれて助かりました」


 実の祖父を老人呼ばわりする晴馬さんは、祖父のことを心底憎みつつけてきたということが伝わってくる。

 祖父と血縁関係にあるということ自体が、晴馬さんにとっては憎悪の対象でしかないのかもしれない。


「俺には、祖父を殺すことができませんでしたから」


 晴馬さんは、ゆっくりと立ち上がろうとする。

 私は晴馬さんを支えるけれど、晴馬さんは自分の意思で立つことができるように奮起する。

 一人で立つとは、こんなにも大変なことだったのかと思い知らされる。

 一人で立つとは、こんなにも不安を煽られるものだと知る。

 だからこそ、私は晴馬さんの手を握る。


「大切な人を守るって、なんなんでしょうね……」


 小さすぎる独り言に、父以外の全員が反応を示した。

 やはり父には、もう声が届かないことは確認できた。

 実の父が、もう何を言っても聞く耳を持ってくれなくなったという現実に寂しさを抱いてしまう。

 失ってからでは、すべてが遅いということを言い聞かされているかのようだった。


「月見里様だって、橙耶(とうや)さんだって、俺だって……大切な人を守るために行動したんですけどね……」


 人を殺すことがいけないことくらい、私たちはよく理解している。

 大切な人を守るために、大切じゃない人たちを殺した。

 それって、本当にいけないことなのか。

 手から伝わってくる晴馬さんの冷めきった体温は、そんな迷いを私に伝えてくる。


「紅音様」

「……はい」

「俺は紅音様のことも、家族のことも、仲間のことも、命あるすべての者を守りたい」

「はい」

「きっと、こんな願いを口にしたって叶わないんでしょうけど」


 自分には、自分の願いを叶える力がないということを知っているからかもしれない。

 こんなときでも晴馬さんは、私の父に理解を示そうとしているのかもしれない。

 どちらにしても、願いを否定する晴馬さんに心が悲鳴を上げていく。


「月見里様が他人を殺すことで、俺たちを守ってくれたように……」


 もう、何が正しくて何が悪かったのか分からない。

 人を殺すことが悪いことだって言うのは分かっているのに、父が私たちのために人を殺したなんて言われてしまうと、ありがとうと返せばいいのか。

 そんな風に、頭が変な方向に進んでいく。


「俺も、大切な人たちのことを守ります」


 視界すべてを支配する死体たち。

 父の言葉だけに耳を貸すのなら、これだけ多くの人たちが願いを持って自身の血を捧げていたということ。

 最終的に命を落としてまで、欲しいものを手に入れようとしたということ。

 でも、死を望んでいなかった人もいると信じたい。

 父が身勝手に殺した人たちも混ざっているのだと信じたい。

 たくさんの人たちが、父の手にかけられて殺された。

 人を殺すことが正しいなんて、そんな風には思いたくない。


「晴馬っ」


 坂上橙耶さんの、こんな声を初めて聞いた。

 坂上さん()が、こんなにも必死な声で晴馬さんの名前を呼ぶことがあるんだなと思った。


「俺が月見里の元に行く」


 坂上さんが父の元に行くことで、すべてが片づく。

 物事の行く末が見えてしまったとき、坂上さんの傍に寄りそう影の存在に気づく。

 怪我をして到着が遅れたという菖蒲(あやめ)さんが、このまま平行線を辿りそうな父との会話に変化をもたらそうと坂上さんの背を押す。

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