第6話「優しさ」
「彼が理性を保ち続けるか、吸血鬼の本能が目覚めるか、私は研究者として見届けなければいけない」
吸血鬼の感情と記憶に触れることができるという、私の異能。
その力があれば、確かに私は晴馬さんの理性を繋ぎ止めることができるかもしれない。
強い依存性を持つ私の血を摂取した晴馬さんを、ずっと繋ぎ止めておくことができるかもしれない。
「紅音、おまえが花里の息子を救う存在になる」
父の言うことは、すべてが《《かもしれない》》という話に過ぎない。
でも、どうしても父の言葉に説得力のようなものを感じてしまうのは、私と父の間に血の繋がりというものが存在するからなのか。
「紅音の血で、花里の息子の心を支配するんだ」
「私は、晴馬さんを支配したくはありません」
強く言葉を言い切るけれど、少しでも油断すると、私の声は震えてしまう。
「私の血で彼を制御できても、それは彼の幸せとは言えません」
それだけ自分が弱っているのを感じたから、手にぎゅっと力を込めた。
晴馬さんの人生を私で終わらせないために、なるべく声を張り上げる。
「そうか、紅音は花里の息子の過去を知らないのか」
私が異能なる力に目覚めたことを知らない父は、何度も首を縦に振って理解を示した。
「彼は、祖父に随分と苦しめられてきた」
晴馬さんの過去を知ることで、彼への同情を誘うという算段だったのかもしれない。
でも、私は自分の異能のおかげで、晴馬さんがおじい様に強く当たられてきたことは知っている。
覚悟を決めて、父と向き合おうとしたときのことだった。
「彼が吸血鬼狩りになったのも、その祖父が原因でね」
父が、死体の山へと目を向ける。
そこに、鮮やかと言ってもいいほどの桜景色が広がっていた。
まるで遺体を隠すかのように、花を咲かせなかった大樹が淡い桃色の花びらを降らせる。
「紅音の愛があれば、花里の息子も少しは癒えるだろう」
私が産まれたときからずっと、花を咲かせることがなかった桜の木。
咲くことができなかった年月を埋めるかのように、桜が吹雪を起こしている。
たくさんの死体があることを祝福しているかのように舞う桜たちが、おぞましく視界に映る。
「花里は、おじい様の代が権力を持ちすぎた」
「……っ」
「この人のやりたい放題には、私も長いこと苦しめられ続けたんだよ」
死体が積み重なっている山の頂上から、晴馬さんが見知っている人物の遺体が転がり落ちてくる。
死体と死体がぶつかりあって、聞くにも堪えない不気味な音が辺りに広がっていく。
その中でも白骨化した死体に死体がぶつかるときは、どこか軽快なリズムを鳴らし合っている。
死体と死体がぶつかり合うと、こういう音がするんだよという亡骸たちの訴えが聞こえてくるようで、いろんな感情たちが混ざり合ってきて気持ちが悪い。
「じいちゃん……」
気づいたら、晴馬さんよりも先に遺体の山へと駆け寄っていた。
晴馬さんが私のことを追いかけてきて、これで父が何かしらの武器を手にしていたら私たちは確実に殺されている。
敵を無視するなんて、とても愚かな行為で、たとえ殺されたって文句は言えない。
それでも、突き動かされた。
「紅音様!」
晴馬さんが、私の傍に駆けつけてくれる。
その光景は、晴馬さんに昔の出来事を思い出させていないか不安になる。
「ごめんなさい……晴馬さん……」
自分の腕の中で、血を流し続けるお父さんのことを思い出してしまっていないか。
あのときの晴馬さんは悲惨な現場に居合わせてしまって、今回も実の祖父が亡くなった現場に居合わせている。
「父のせいで、晴馬さんのおじい様が……」
昔と、そっくりな光景が恐らく再来している。
情けなくて、自分には大切な人を守る力がないということを強く思い知らされる。
「紅音、その人のために涙を流すことはないよ」
父が、私たちに声をかけくる。
その声色は、やっぱり優しい。
晴馬さんの祖父が死んだことなんて、どうということもなかったんだよって言っているかのようだった。
「晴馬くん、君には過去に怖い想いをさせてしまってすまなかったね」
晴馬さんのことを、花里の息子と称していた父の声色が変わる。
晴馬くんと呼んだ父の声は、まるで本当に晴馬さんを心配しているような優しい声色へと変わっていく。
「私だって、君の父親が殺された際に何も手を貸せなかったことを悔やんできたんだ。でも、もう苦しまなくていい。もう、復讐のために吸血鬼狩りをする必要もない。君の家族は、ようやく守られた。お母様も妹さんも安心して暮らしていける」
父が、晴馬さんに優しく言葉をかける。
これはただ、父と晴馬さんが日常会話を繰り広げているだけだと錯覚してしまう。
それくらい、父の声が優しく鼓膜に響いた。
「お母様と妹さんも、大変、傷ついてきたと伺っているよ」
「……これ以上、俺に吸血鬼狩りの修業をさせないでほしい。このままだと、晴馬が死んでしまうって……」
「嫌な記憶というものは鮮明に残ってしまうね。可哀想に……」
会話の流れで、晴馬さんは父親だけでなく、ほかのご家族にも庇われたことがあると察した。
そのときの晴馬さんの祖父は、人でないと思ってしまうほど人格が変わってしまったのかもしれない。
「月見里様は……凄いですね」
「晴馬さん……? 何を言って……」
「だって、これでもう……家族が傷つけられることも、咎める人もいなくなるということなので」
戸惑う。
晴れやかな笑みを浮かべる晴馬さんに、戸惑う。
「そう思うと……俺、凄くほっとしています」
「晴馬さんっ!」
「父が亡くなったとき、説明のしようがない感情が体中を支配していたはずなんです。でも、冷え切った祖父の体を抱きかかえても……何も思わないとか……俺も、祖父と同じで相当狂っているのかもしれません」
今度は、私が晴馬さんに寄り添う。
ただ寄り添うだけなんて、この場においてはなんの意味もなさない。
それでも、私は晴馬さんの傍にいることを選びたい。




