第5話「声」
「私は、殺したくて殺したわけじゃないんだ」
まるで、娘だけは傷つけないと言われているみたいで、どうしていいのか分からない。
こんなにも無防備な姿を曝されてしまうとどうすればいいのか分からない。分からない。分からない。
「勝手に死を選んだ、ただそれだけのことだ」
「お父様……!」
桜の木を取り囲んでいるご遺体の数々に目を向けると、薄っすらと女性たちが頬笑んでいるように見えてしまう。
死ぬことへの後悔は何もないと言っているような、美しい笑顔に見えてしまう。
見えてしまうけれど、私の心はただただ悲しさを訴えてくる。
死んでしまっては何もできなくなってしまうのに、それでも女性たちは血を捧げてまで一時の幸福を選んだということなのか。
「月見里様。どんな言い分があろうとも、間接的に人を殺したことは事実です」
「やれやれ、人々の幸せのために動いたのに酷い言われようだ」
父は自分の犯したことを、罪だと思っていない。
私を傷つける意志もない。
晴馬さんも、抵抗の一つも示さない父をどうすればいいのか決めかねているように見えた。でも、私たち以外のところで動きがあった。
「橙耶さん」
近くで、晴馬さんの声が聞こえる。
振り返ると、晴馬さんとの距離が縮まっていることに気づいた。
銃弾が私と父に飛んでいかないように気を遣いながら戦っていたはずなのに、晴馬さんは勝機を見出したらしい。
「俺のこと、殺すつもりないですよね」
「晴馬さ……」
「命を奪う覚悟がない者の力なんて、あまりにも弱すぎて話にもならないんですよ」
晴馬さんが、坂上さんに押されたわけではない。
「命を奪う覚悟がないのに、命を奪われる覚悟はしているとか……そんな悲しい意思を感じさせないでください」
坂上さんには、私たちを殺す意志がないのだと晴馬さんは判断した。
「坂上さんっ! 今度こそ、絶対に守ってみせます」
何を、守るつもりなのか。
勝手に動き出す口が情けなくもなるけれど、私は吸血鬼でもあり、吸血鬼狩りでもある坂上橙耶さんを救いたいと思った。
その意志は、私に言葉を発するという力を与えていく。
「坂上さんは、私を守ってくれました」
激しい雨が降る夜、晴馬さんが戻るよりも早く屋敷に辿り着いた坂上さん。
私が引き継ぐ特殊な血に目が眩んだのではなく、私の安否を確認するために屋敷へ急いで戻って来てくれたのだと信じたい。
「私の身を案じてくれた。ただそれだけのことと言われてしまうかもしれませんが、私を守ってくれた事実を私は受け入れたいです」
私は、坂上さんのことを何も理解できていない。
出会ったばかりとか、特殊な血を持つ私に遠慮して坂上さんは私を遠ざけていただけとか、そういう理由があったとしても、私たちは話をするべきだった。
「坂上さんは、誇り高き吸血鬼狩りです」
飛び交っていた銃弾が止んだ。
もう、耳を塞ぎたくなるような鋭い音は聞こえてこない。
「すみません、俺こそが橙耶さんのことを信じ切れていませんでしたね」
晴馬さんが坂上さんの持っていた銃を弾いて、坂上さんの左手を引いた。
思ってもいなかった行動を取られたことに対応できなかった坂上さんは、戦いに赴く者としては不格好なくらい体勢を崩した。
「そんな謝罪の言葉なんて、俺には……っ」
「橙耶さんは、俺たちの仲間です」
坂上さんの瞳から、後悔の念が溢れてくるようだった。
坂上さんに尋ねたいことはたくさんあって、坂上さんに優しくしてあげたいって想いもあるのに、それらを優先することができないなんて悔しすぎる。
「どいつもこいつも、情に駆られるとは情けない」
父が吐き捨てるように、坂上さんに言葉をぶつける。
今の時点では、坂上さんがどれだけ父に関与したのかは分からない。
でも、父にとって坂上さんは用済みということがよく分かる捨て台詞だと思った。
「お父様、おとなしく連行されてください……」
「紅音、おいで。私はおまえがいてくれなければ、何もできないんだ」
昔から、母の声色は甘くて優しいと思っていた。
でも、父の声は、もう記憶から消え失せようとしていた。
それなのに、父は私のことを離してはくれないらしい。
「こんな状況下で、数えきれない遺体たちを目の前にして、そんな優しい声を出すことができるのですね」
戦力を失った坂上さんから距離を取り、私の傍に晴馬さんが寄り添ってくれた。
「私たちは、まだまだ多くの人を幸せにすることができる。紅音は賢い子だ。気づいているんじゃないか?」
自分が甘すぎることは承知していても、父が私たちと戦う意志を持っていないのなら身構える必要もないと思った。
「私は、ずっと……お父様とお母様の幸せを願ってきました」
自分には、どうすることもできないって思い込んでいただけなのかもしれない。
「お母様と引き離されて、院瀬見様に差し出されたときも……月見里家の繁栄に繋がると信じていました」
思い込みを拭い去るという単純なことで世界が開けていくなんて思ってもいないけど、少しの希望を持つことで自分の視界というものが広がっていくような気がした。
そんな錯覚が自分の中で巻き起こる。
「だったら、簡単だ。私の手を取りなさい、紅音」
言葉というものは、時に残酷な凶器として人の心に入り込んでくる。
「紅音、おまえには存在価値がある。おまえは、そこにいる吸血鬼狩りを守ることができるんだ」
言葉に救われることは何度だってあるのに、こんなときに限って言葉は邪魔なものでしかない。
「血を与えることで、花里の息子の命を繋ぐことができる」
私には守りたいものがあって、まだやれるのに、この場を乗り切ってみせたいのに、人殺しの父の娘という現実は重くのしかかってくる。
「人間と吸血鬼の間に産まれた子どもには、十分な研究価値がある。彼を生かすために、おまえの血を与えるんだ」
父からの言葉が晴馬さんに投げかけられ、私を支えたまま何も言葉を挟んでこなかった晴馬さんの瞳が曇り始める。




