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吸血鬼に愛された世界に、祝福の花が咲き誇りますように  作者: 海坂依里
第5章「花殻~知らないままでも、生きることはできたけれど~」
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第1話「護衛」

紅音(くおと)様のお屋敷は、いつからこんなに遠くなったんですか」

「犯人は相当、私たちを月見里(やまなし)家に近づけたくないということ……ですよね」


 月見里家の屋敷近くまでやって来たのはいいけれど、自分たちが同じ場所を延々と歩かされているという事態に陥っていた。

 迷子にもなっていないのに目的の場所に着くことができない理由なんて、誰かに妨害されている以外に理由が思いつかない。


菖蒲(あやめ)さんと坂上さんは大丈夫でしょうか」


 この状況での問いかけは、ただただ不吉なものにしかならないかもしれない。

 私たちが月見里家に辿り着くことができないということは、別に行動している菖蒲さんと坂上さんの身にも何かが起きている可能性が高い。


「とにかく、紅音様の屋敷に辿り着かないと話にならないんですよね……」

晴馬(はるま)さん、頑張りましょう」

「ですよね」


 なるべく明るさを失わずにいようと心掛けているけれど、流石に同じところをぐるぐると歩きまわされていれば、吸血鬼狩りとして経験豊富な晴馬さんの表情も自然と曇り帯びてきてしまった。


「こういうとき、知識と経験がないと辛いですね……」

「大丈夫ですよ、紅音様。人間なんて知らないことだらけですから」

「……励まし、ありがとうございます」

「知らないことがあるからこそ、人は学ぶんです」


 晴馬さんが与えてくれた言葉が組み合わさって、私は新しい世界へと誘われていく。


「何もかも知ってたら、面白みのない世界になりますよ」

「私のことを脅してくる晴馬さんが、新鮮です」


 吸血鬼から世界を守る力があったって、現状を打開する力がないのは事実。

 表情が曇り帯びてきた晴馬さんだったけれど、決して悲観的にならないところを凄いと思った。


「経験か……」

「晴馬さん?」


 晴馬さんの表情が、急に誇らしいものへと変わっていく。


「確かに自分たちには知識というものがないですが、経験だけは誇ってもいいもののような気がします」


 晴馬さんが、周辺の状況を確認していく。


「もうすぐで明かりが灯る時刻ですよね」


 まるで晴馬さんの言葉を合図に動き出したかのように、世界中の明かりが一気に灯り出す。

 注意深く観察していると、それらのガス灯に火をつけているのは人の手によるものだと分かる。

 陽が落ちゆく世界に、一斉に明かりが灯り出すかのような手際の良さが素晴らしい。


「俺たちの目で見えるものには、限界がありますからね」

「夕暮れ時とは、また違って見えます」


 ガス灯が照らす世界を美しいとは思うけれど、歩きやすさが改善されただけで街は変わった様子を見せることはない。


「少し歩きやすくなるだけで、武器にはなりますから」

「晴馬さん……」


 晴馬さんは夜道を歩きながら、幼い頃に修行と称して山へと放置された思い出を話してくれた。

 月と星の明かりだけを頼りに行動するっていうのも、不可能ではないということを学んだ良い経験ではあった。

 しかし、月明かりと星明かりに慣れるまでは山で遭難をしてしまって、朝方になってようやく祖父に見つけてもらうという昔の話。


花里(はなさと)家は、とても厳しい教育をなされてきたのですね」

「怖いですよ。自分の息子を殺しておきながら、なんのお咎めもなしですからね」


 行方不明になっている女性が多数ということもあり、夜という時間帯に出歩く人たちの数が減っていく。


「吸血鬼狩りは、法の外に出ることを許されていますから。祖父も、そういうところを利用したのでしょうね」

「権力ある家系が羨ましいようで、羨ましくないというか……」

「紅音様にお譲りしましょうか」

「結構です……」


 そもそも街を歩く人たちは、自分たちが同じところを歩いていると気づかないのか。

 それとも、私たちの周囲を歩いている人間は人ではない幻なのか。

 傍にいる晴馬さんと周囲の人間を無視して歩を進めていくことから、私が見ているものは幻なのかもしれないという発想に至る。


「俺は権力なんかよりも、愛の溢れる家庭に憧れますけどね」

「愛されるのも、愛することも、なかなか大変そうですね。守る者が多すぎて、それこそ頭が可笑しくなってしまうかもしれません」

「守る者がないより、守る者がある方が俺にとっては幸福です」

「……晴馬さんが選んだ人生、私にも支えさせてくださいね」


 人がまったくいないわけではないけれど、人気がなくなるに連れて、より多くの光が欲しいと思った。

 月明かりも星明かりも確かに綺麗だとは思うけど、そういう光ではなく、もっと強い光が欲しいと思った。


(歩くときに恐怖や不安を抱かなくて済むような、太陽のような強い光を放つ存在を、幼い頃の晴馬さんは求めていたのかもしれない)


 世界は夜という名の闇に包まれていくけれど、夜に対する恐怖や不安が和らいでいくのは明かりがあるからだと実感できる。

 昼夜問わず、女性の失踪は起きているかもしれない。

 でも、降り注ぐ光は、そんな悲惨な事件が起きていることを忘れてしまうくらい美しく視界に映る。


「あ……」


 世界が変化を見せると同時に、私たちを同じ場所へと留めていた正体が姿を見せる。

 焦らなければいけない場面に遭遇して、晴馬さんは武器を取る。それなのに、どうして世界はこんなにも平和に見えるのか。


「狼……?」

「綺麗ですね、真っ白な毛並みが」


 常に、最悪の事態に備えて。

 だけど、目の前にあるものには確かに触れて。


「……おまえ、俺たちのことを攻撃してこないんだな」


 目の前にいる生き物が本物の狼かどうか、判断するための情報は今のところ何もない。

 けれど、晴馬さんは躊躇うことなく真っ白な狼に向けて手を差し伸べる。

 狼も私たちに襲いかかることはなく、どこか神々しくて、人が近寄ることすら許されない存在のようにも思えてくる。


「俺たちを殺すことが、目的じゃないのか?」


 晴馬さんが問いかけても問いかけても、真っ白な狼からの返事はない。

 そんな中、たった一つだけ変化が訪れた。

 それは、街を行く人たちの視線が刺さるようになったということ。

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