第6話「伏せる」
「私、自分の未来になんて、何も期待していませんでした」
迷うことも、気遣うことも、躊躇うことも、なんだってやってみればいい。
すべてを経験して、幸せのなり方を探していけばいいと晴馬さんは教えてくれる。
「でも、晴馬さんのおかげで、やっと夢を見られるような気がします」
私の頭にそっと手を乗せて、晴馬さんはできるだけ優しく頭を撫でてくれる。
「俺のことで、泣く必要なんてないんですよ」
頭を撫でられることで、感情が溢れ出しそうになる。
それらをぐっと抑え込もうとすると、今度は涙腺が緩み始めていく。
「我慢しなくていいんです、紅音様の人生なんだから」
晴馬さんの負担になることを避けるのではなく、一緒に負担を背負うことができるようになりたい。
「私が晴馬さんのことを助けたいから、それは私の我慢にはなりません」
晴馬さんは、とても上手に私を気遣ってくれる。
私が、ずっと笑っていられるための方法を優先して考えてくれる彼の気持ちに感謝したい。
「……私は、戦うことができません」
「ええ、それは悪いことではありません」
でも……。
「頑張りたいです」
「ええ、素敵だと思いますよ。紅音様の考えは」
私は、戦いたい。
大切な人たちを守るための戦いをしたい。
「紅音様が頑張るのなら、俺はもっと頑張らないといけませんね」
「晴馬さんが頑張りすぎたら、私も追いつけるように頑張ります」
「互いに頑張りすぎて、身体に支障が出てしまいそうですね」
私たちの間に、未来に希望を抱くような爽やかな笑顔が広がった。
けれど、肝心の情報収集は、今も行方不明になっている女性がいるということ以外の収穫がなかった。
「遺体で発見されなくても、行方不明の件も吸血鬼の仕業ということですか」
「今の段階ではなんとも言えないですね。単なる家出という可能性もありますから」
ご息女が殺されたという情報もなければ、家を出て行くような理由も浮かばない。
行方不明者の典型的な例に遭遇し、吸血鬼狩りの人たちは手の打ちようがない。
でも、もしもこの事件を吸血鬼が引き起こしているのだとしたら、私が晴馬さんたちに付き添うことで何かしらの痕跡を残してくれるようになるかもしれないとのこと。
(一番の解決策は、私が被害に遭うことかもしれないけれど……)
恐らく、そんな事態には陥らない。
晴馬さんは、まったく別の時代に派遣されるほどの実力者。
私の身に何かが起きるとは考えづらい。
(でも、ただの行方不明ではない気がする……)
何かしら秀でている能力があるわけではないし、単に晴馬さんたちがやっていることに意味があってほしいという願いもあるかもしれない。
いろんな気持ちが働いて、これはただの行方不明者の話ではないと確信めいた何かが動き出す。
「今まで聞き込みを行っているすべての家で、女性が被害に遭われているということですか」
「紅音様の言う通り、女性が大量に失踪中ということです」
吸血鬼が考えていることなんて分からないけれど、今の私たちが唯一分かっていること。
それは、吸血鬼が人間の血を欲しているということ。
「吸血鬼のご馳走は、やっぱり人間の血液ってことなんですよ」
「それは……」
「否定しなくていいですよ、事実なので」
晴馬さんは、特に代わり映えのしない曇り空へと視線を向けた。
これらの事件を引き起こしているのは、間違いなく吸血鬼。
その吸血鬼の血を半分受け継いでいる晴馬さんは、怒りを内に秘めたまま。
「多くの人が行方不明になっても、証拠が残らなければ大きな事件にならない……」
「紅音様のおっしゃる通りだと思います」
私が情報を提供したところで、何かが進展するということにはならない。
でも、吸血鬼狩りの皆さんは手元にある情報を一つでも多く共有していく。
共有できるものはとことん共有して、最終的に一つの線になることができれば言うことはない。
「女性たちは、自ら吸血鬼の元に赴いたのではないでしょうか」
「地位や名誉、金……確かに、そういったものに憧れる女性たちなら、積極的に吸血鬼の元を訪れるかもしれませんね」
晴馬さんが私の意見に賛同してくれると同時に、何か一つでも情報を集めようという気合いが伝わってくる。
その頼もしさに少し寂しくもなるけれど、彼が諦めることなく望んでいる方向に進んでいると思うと安心も生まれてくる。
「その線で考えたとして、吸血鬼たちの拠点はどこになるのかということですよね。女性たちを集めても不自然にならない場所なんて……」
私と、晴馬さんの視線が交わった。
「月見里家に限らないことですが、華族の屋敷では頻繁に社交の場が設けられていると思います」
「社交の場に赴いた女性を、そのまま誘拐したということですか?」
私の疑問に、晴馬さんは迷うことなく首を縦に振った。
「華族という身分でなくても、社交の場に出るための高級なお召し物を吸血鬼側が用意すれば、簡単に屋敷の中へと入ることができるのではないでしょうか」
一番の盲点だったかもしれない。
家屋の中が安全だなんて単なる思い込みで、外の世界ばかりに危険が潜んでいるとは限らない。
「現に、月見里の屋敷には花を咲かせることのない桜の木があります」
花壇の花たちは、既に花開いているものを庭師たちが植えこんでいった。
でも、桜の木だけは低い気温下では花を咲かせることができない。
「待ってください、私を救出したときに院瀬見を始めとする吸血鬼は始末したはず」
「それこそが、思い込みかもしれません」
春という季節が訪れても、月見里家の庭先にある桜の木は花を纏うことがない。
「まだ、出入りしている吸血鬼がいます」
私は言葉を失ってしまったけれど、晴馬さんは答えを出すことができた。
「俺と、橙耶さんです」
迷うことなく、私に言葉を与える。
「俺が紅音様のお父様と繋がりを持っていないとなると、橙耶さんが一連の事件に加担しているのは間違いないかと」
震えそうになる手を抑え込んで、真実から逃げることなく彼と向き合った。
「橙耶さんは……国から、吸血鬼を討伐する認可を受けた吸血鬼です」
晴馬さんは言葉を包み込んでくれたけれど、しっかりと現実と向き合うのなら、それは同族同士で殺し合っているという事実。
人間の身勝手で誕生させられた吸血鬼を、橙耶さんは自らの手で始末しているということ。
「坂上さんは、人間に手を貸してくださったんですね……」
「人間に手を貸してくれたからこそ、紅音様のお父様……生みの親に恩義を感じているのかと」
ゆらゆらと、信頼関係が揺らいでいく。
「行きましょう、月見里家に」
吸血鬼と対峙する際の知恵も知識もない私は、ただ穏やかに微笑んでいるような青い空を見つめた。
穏やかな空気を感じさせる美しい空の下、吸血鬼という化け物が活動していることなんて忘れてしまいそうになる。
こんなにも優しい空の下で生きることができることを、幸せとすら思ってしまう。
「父を、よろしくお願いいたします」
世界が優しい空気で溢れるように。
吸血鬼という化け物に怯えることのない世界になるように、言葉に多くの祈りを込めた。




