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吸血鬼に愛された世界に、祝福の花が咲き誇りますように  作者: 海坂依里
第4章「花香~守りたいという願いがすれ違う~」
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第3話「覚悟」

「私のことを守ってくれとは言いません」


 力なき人間が、いきなり吸血鬼が関わっている事件に手を出そうとするなんて馬鹿げた話。

 それでも、吸血鬼狩りの皆さんは否定だけで終わらずに私の話を最後まで聞いてくれる。


「一人でも多くの民間人を救ってください」


 私も信頼してもらえているのかなと、自惚れる。

 吸血鬼狩りとしての力はないけれど、私も私で違う時代を生きる皆さんの信頼を得られているのかなと期待を膨らませる。


「皆さんなら、大丈夫です」

紅音(くおと)ちゃんの大丈夫は、ちっともこれっぽっちも大丈夫じゃないから」


 そんな風に冷たい言葉を投げかける菖蒲(あやめ)さんだけど、菖蒲さんの口角はほんの少し上がっていた。

 わがままを言う妹を、仕方がないと言って見守る姉のように見えて格好いい。


「守りましょう、紅音様が生きてきた時代の人たちを」

晴馬(はるま)……」

「晴馬の言う通りだな」

橙耶(とうや)まで……」


 ソファーに体を沈めて、未来から持参した何かしらの本を読んでいた坂上さんが急に声を発した。

 私と晴馬さんの提案に手を貸してくれるような言葉に思わず耳を疑ってしまうけれど、坂上さんから発せられた言葉は信頼を寄せることに繋がっていく。


「この時代に吸血鬼は存在しない。俺たちは早く未来に戻るべきだ」

「それは……そうだけど……」

「いつの時代も、女性は強いですから」

「晴馬まで……」


 晴馬さんは、いつも笑顔を絶やさない人だなって思う。

 もちろん吸血鬼と戦っているときの晴馬さんは分からないけれど、彼が笑顔を向けてくれるだけで世界が穏やかに見えてくる。

 そして私はもちろんのこと、吸血鬼狩りの皆さんも晴馬さんの笑顔に心を救われていると思う。


「皆さんは吸血鬼狩りとして、お強いですか?」

「強い! 別の時代に派遣されちゃうくらい、物凄く強いわよ!」


 菖蒲さんが強いと言葉を返してくれると、心がなんとなくあったかいもので埋まっていくような気がした。

 この時代を生きる人たちを守ろうとしていることのありがたさを感じ、囮を願い出た私を救ってみせるという気持ちが伝わってくるようで嬉しくなる。

 自惚れて、自惚れて、自分にも何かができるんじゃないかって思い込みが生まれてくる。


「俺が、紅音様に付き添ってもいいですか」

「私も行くわ」


 一瞬の沈黙。

 菖蒲さんが私と晴馬さんが持ち出した計画に賛同してくれたことに、皆さんが言葉を失ってしまう。


「何? その、人の発言を疑っているような目。別に晴馬がどうなろうと知ったことじゃないけど、紅音ちゃんに死なれるのは困るのよ……」


 菖蒲さんの言葉はぶつぶつと続いていったけれど、申し訳ないことに残りの言葉は耳に入ってこなかった。

 菖蒲さんが私たちに協力してくれるっていう、その申し出がただただ嬉しかった。

 驚きもしたけど、嬉しさの方が勝って興奮してしまうくらい。

 まさかの展開をありがたく受け止めつつ、皆さんと無事に戻って来なければいけないという使命感が湧いてくる。


「俺が、紅音様のことを守りますから」

「何を言ってるの? 私の方が先輩! 吸血鬼狩りの歴が長いんだから!」

「それでも、です」

「含みがあるようで、本気で苛立つのだけど」

「二人共、そこまでだ」


 自分たちより年下であろう坂上さんに制止させられた晴馬さんと菖蒲さんの表情からは、まだ不満そうな雰囲気が伝わってくる。

 でも、その不満は本気の不満ではないと肌で感じる。もっともっと自惚れてみたい。

 自分も吸血鬼狩りの皆さんの一員になれたような、そんな自惚れがもっと欲しい。


「紅音、大丈夫か?」


 晴馬さんたちの輪から外れていた坂上さんが、私を気にかけてくれた。

 ほとんど言葉を交わし合ったことがない坂上さんが、私の名前を覚えていてくれたことに驚きさえ抱いてしまうくらいの仲のはず。

 それでも、吸血鬼狩りとしての立場から、私を心配してくれたことに喜びを抱きたいと思う。


「少し考えごとをしていました」

「それなら、別にいい」


 考えることは、悪いことじゃない。

 坂上さんは、そう言葉を残して私と距離をとった。


(晴馬さんと、坂上さんの関係は上手くいっていないかもしれないけど)


 空から降る雨が、世界を飲み込んでしまうのではないか。

 そんな錯覚を引き起こすほどの雨が降った夜、晴馬さんは酷く私のことを気にかけた。

 吸血鬼狩りの坂上さんが傍にいたにも関わらず。


(与えられる優しさを信じたい)


 晴馬さんのお父さんが亡くなった日も、雨が降っていたということは伺っている。

 天候が晴馬さんを不安に陥れたとも考えられるけれど、私が坂上さんと関わったことで彼に不安をもたらしてしまったのではないかという根拠のない勘も働いてしまう。


「どっちが、俺と組んでくれるんだ」


 院瀬見(いせみ)という華族が使っていた客間の扉を、坂上さんは勢いよく開いた。

 それだけで部屋中に新鮮な空気が注ぎ込まれて、これから戦地に赴くということを忘れさせてくれるような効果があった。

 やはり、皆さんが生きる世界は平和であり続けてほしい。


「坂上さん」


 吸血鬼狩りの皆さんとの、別れの時が近づいている。

 それを寂しく想うけれど、私が生きている時代に吸血鬼は存在しない。

 皆さんは、私が生きてきた世界を元に戻すために来てくれた。

 だから、寂しいという身勝手な気持ちで、彼らを引き留めてはいけない。


「お気をつけて」


 坂上さんは言葉をくれることなく、一礼して部屋から立ち去っていった。

 それが坂上さんらしいとも思うけれど、単に私たちの輪に入りたくないという坂上さんの想いもあるのかもしれない。


「仕方がないから、私が橙耶に付き添ってあげるわ」

「紅音様のことは、俺に任せてください」

「だから、その言い回しが苛立つと言ってるの」


 吸血鬼と呼ばれる生物のせいで、吸血鬼狩りの皆さんは死の世界へと招かれてしまった。

 もしも吸血鬼を言葉通り殲滅することができたのなら、皆さんは未来に希望を描けるようになるかもしれない。


「紅音ちゃんも、気をつけて」

「今生の別れのようですね」

「……そうね、私たちは事件が片づき次第、この時代を離れる」


 爽やかな風が部屋に入ってきたのも束の間、部屋の空気が一気に湿っぽくなった。

 その空気をなんとかしようと発した菖蒲さんの快活さは、やっぱり世界は平和なのではないかという錯覚を与えてくれる。


「絶対に、紅音ちゃんを守りなさいよ」


 そう言って、晴馬さんに対して拳を突き出す菖蒲さん。


「二人きりの時間、大切にしなさい」


 菖蒲さんの姿が見えなくなると、途端に部屋を守ってくれていた元気な空気がなくなったように感じてしまう。


「大丈夫ですかという問いかけは、無粋ですよね」


 元気のない私を気遣ってくれたのは晴馬さんで、私が抱えている不安をすべて拭い去ってくれる方と巡り合えたことに感謝したい。


「不安はもちろんありますが、大丈夫だと信じる気持ちも強いです」


 雨が止まないのではないかと不安になった、あの日以来。

 晴馬さんは不安や苦しみを吐露することがなくなった。

 瞳から溢れた一筋の涙は気のせいだったのかと思ってしまうほど、晴馬さんは今日も美しい笑顔を絶やさない。

 どんなことがあっても、その優しい笑みは崩れることがない。

 そう思えるほど、私を守ってくれている人はとても強く見える。

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