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吸血鬼に愛された世界に、祝福の花が咲き誇りますように  作者: 海坂依里
第3章「花嵐~触れて、遠ざかる~」
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第8話「強さ」【晴馬視点】

「昨夜、取り逃した吸血鬼が、屋敷を襲撃する可能性がありました」


 それらは杞憂で終わったけれど、俺と坂上さんは吸血鬼狩りとしてやってはいけない失態を犯してしまった。


酒々井(しすい)さんが、屋敷で待機しています」


 言葉が途切れ、その先を話すのを躊躇っていることが分かる。


「でも、吸血鬼が真っ先に狙うのは紅音様なんじゃないかって思ったら……」

「私は、生きています」


 月見里紅音(やまなしくおと)を守るための体制は整っている。

 それでも自分を責め続けていく俺に対して、紅音様は優しさと温かさを与えてくれる。


「もう、私の首元が血に塗れることはなくなりましたよ」


 俺が謝る必要なんてどこにもなくて、そこまで思いつめる必要もどこにもない。

 (ゆる)しを与えるような声色を受けて、自分の声が震え始める。


「自分の失態が、紅音様の命を奪うことに繋がったらと思うと……」

「私の心配を真っ先にしてくださるということは、民間人の方に被害は出ていないということですよね」

「もちろんです。そのような報告は、受けていません」

「それなら、良かったです」


 彼女は、いつも嬉しすぎる言葉を俺に与えてくれる。

 優しく微笑んで、俺を安心させようと努めてくれている。


「たとえ民間人を守ることができても、その先に紅音様がいなければ意味がない……」


 紅音様がしてくれたことを、そのままに彼女にしてあげられるかどうかは分からない。


(でも、彼女を安心させたい)


 彼女が平和な世界で生きていけるように、俺にできることがあったらやってみせたい。


「だったら、大丈夫です」


 紅音様は口角を上げて、答えをくれた。


「吸血鬼狩りの皆さんは、諦めない方々だと信じています」


 止まったはずの涙が、彼女の言葉を受けて再び揺らぎ始める。


「だったら、やっぱり大丈夫と私は返します」


 俺のことを好いてくれているんじゃないかって、自惚れ。

 彼女が、俺のことを想ってくれているような言葉の数々。

 そんな風に、どんどん都合よく解釈していく。


「晴馬さん、私は此処にいますよ」


 自分に都合のいい世界を作り上げて、彼女の前では絶対に泣かないという強さを持ちたいと強く願う。


「晴馬さん、泣かないでください」

「泣いてません……」

「ふふっ、そうですね」


 一度泣き始めると、抑えが利かなくなる。

 紅音様と出会う随分前に多くの涙を流したことがあるからこそ、これ以上の涙を彼女の前で(さら)すわけにはいかない。

 涙は流すまいと、自身の手の甲で涙を拭ってみせた。


「失態を犯したことは詫びます。申し訳ございませんでした」


 気持ちを入れ換え、瞳にしっかりとした強さを宿すように心がける。


「誰かを救うというのは、思っていた以上に難しいことなんですよね」

「紅音様?」

「犠牲を出さないように努めてくださること、お礼の申し上げようもございません」


 犠牲者を出さずに事を終わらせるなんて、実際は不可能かもしれない。

 でも、不可能を可能にするために吸血鬼狩りは動いている


「犠牲のない戦い……できたらいいんですけどね」

「……はい、晴馬さんならできます」


 不確かな未来への目標を述べた俺に、彼女は希望の言葉を与えてくれた。


(絶望的な状況に、立たされてるわけじゃない)


 けれど、少しでも多くの希望が欲しい。

 明日も明後日も笑顔でいられるような、そんな綺麗事のような言葉を求めてしまう。


「祖父のことは、好きとか嫌いって次元の話ではない……ですね」


 吸血鬼(自分)の中に眠る記憶と感情を呼び覚ますというのは、紅音様が持つ異能が目覚めたからなのか。

 体を休めていたベッドの上で、俺は彼女が視た過去の記憶に対して言葉を向けていく。


「吸血鬼の父に嫌悪があることは気づいていましたが、中途半端な俺には愛情を向けてくれた。自分でも、祖父をどう想っているのか……わかりません」


 自分の過去を受け入れてくれた紅音様に、祖父に抱いている率直な気持ちを述べる。

 血の繋がりがある家族である祖父に対して、そんな感想。でも、これが嘘偽りのない本当の気持ちだった。


「晴馬さん」

「紅音、様……」

「大丈夫です、大丈夫ですよ」


 紅音様の腕の中に、包み込まれる。

 昨夜、自分たちは一台のベッドで体を休めたことを思い出して、顔に熱が籠り出す。


「紅音様っ、申し訳ございませ……」

「晴馬さんのお父様は、晴馬さんのことを本当に大切に想っていましたよ」


 背中に、紅音様の腕が回される。

 紅音様の体を抱き締め返す、自分の腕の力はあまりにも弱々しくて情けない。

 自分が紅音様に触れることで、また、大切な者が壊されてしまうのではないかと怖くなる。


「晴馬さんが、おじい様と暮らすことになって……」


 体を優しく包まれる。

 でも、紅音様の声が、かすかに震えている。


「晴馬さんのご両親は、ずっと苦しんできたと思います」


 紅音様の腕から抜け出して、彼女の顔を確認する。


「でも」


 瞳が揺れている。

 でも、泣かない。

 紅音様は、必死で泣くのを堪えているように見えた。


「晴馬さんが生きて、今もお父様の命を繋いでいること」


 自惚れてしまう。


「お父様は、とても喜ばれていると思います」


 自分は生きているだけで、それは両親の幸福に繋がるって甘えにすり替えてしまう。

 でも、そんな甘えすらも、違う時代を生きてきたご令嬢様は受け入れようとしてくれる。


「私は、晴馬さんに助けてもらったことを忘れません」


 小さな体で精いっぱい、再び俺のことを抱き締めようと紅音様は体をすり寄せてきた。


「私の命を救うために、多くの人たちが関わってくれたこと。決して忘れません」


 大切な人を救うこともできなかった俺に、なんて言葉をかけるのだろう。

 心が揺らぐ。

 これからも生きていくための力を、欲してしまう。


「……もっと、もっと父さんと一緒に生きたかった……です……」


 叶わない願いごと。

 何があって、こんな現実が訪れてしまったのだろう。

 父さんが死んでしまったときに、今までの努力を貶してしまったからかもしれない。

 そもそもこんな世界を救う力を望んでいなかったという本音を、神様に知られてしまったからかもしれない。


「普通の家族というものを、やってみたかったです……」


 おまえは、いらない。

 おまえは、いらない。

 直接的でなくとも、間接的にそんな言葉を何十……何百も浴びせられたことがある。

 人が一人亡くなるって、そういうことだと学んだ。

 自分と血の繋がりのある人間が亡くなることで、吸血鬼狩りとしての自覚がはっきりと芽生えたことも確かだった。


「俺だけが助かって……ごめん」


 父さんが望んでいる言葉ではないと分かっていても、そんな言葉がぽつりぽつりと零れてくる。


「晴馬さんは、悪くないです」

「父さんが祖父のところから俺を連れ出そうとしなかったら、あの事件は起こらなかった……」

「お父様は、晴馬さんを守りたかったんですよ」


 俺を連れ出そうとしてくれた父さんを、気が狂ったように殴り殺した祖父と吸血鬼。

 人間離れした思考を持つ祖父と血の繋がりがあるなんて信じたくもないけれど、事件は起きてしまった。

 父さんは亡くなって、祖父は生きているっていう事実だけが残っている。


「生きることを選んでくれて、ありがとうございます。晴馬さん」


 気づいたら、父さんを庇うために走っていた。

 気づいたら、俺を庇って父さんが死んでいた。

 気づいたら、すべてが終わっていた。

 でも……。


「……やっぱり俺、大切な人たちを守りたいです」


 本当は弱くて、強くもなんともない。

 それでも、そんな俺に強さを与えるように、紅音様は再び俺を抱き締めてくれる。

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