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吸血鬼に愛された世界に、祝福の花が咲き誇りますように  作者: 海坂依里
第3章「花嵐~触れて、遠ざかる~」
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第4話「凍える」

「せめて、私の手に熱があれば……」


 もう少し、明かりが欲しい。

 雷の光だけでなく、確かな光で晴馬(はるま)さんの表情を確認したい。


「役に立たないですよね……」


 自分の指と、晴馬さんの指を擦り合わせる。

 互いの熱を分け合えればいいのに、互いに熱を持っていないから仕方がない。

 何度も何度も、晴馬さんの体に熱が戻るように彼の指を擦っていく。


「役に立たないのは、俺の方です」


 擦り合わせていたはずの指が絡め取られ、手を深く繋ぐ。

 これ以上、絡み合わせる指がないほど深く。

 私と晴馬さんは指と指を触れ合わせる。


「昔から、俺は誰の力になることもできなくて……」


 激しく降る雨の音が、辺りの空気を淀んだものへと変えていく。

 別に何かが襲いかかってくるわけではないけれど、その淀んだ空気は晴馬さんの気力を奪っていく。


「晴馬さんがいてくださるから、救われる命があるんですよ」


 手を繋ぎ合っているのに、少しも体温が戻らない私たち。


「晴馬さんがいてくれたからこそ、人々は未来に向かって進むことができるんですよ」


 どんなに晴馬さんが自分のことを否定したとしても、晴馬さんが数えきれないほどの人の命を救ってきたことは事実だと伝えていく。


「少し……自分を、過信していたんです……」


 ゆっくりと、乱れかけていた呼吸を整えようと努めていく晴馬さん。

 体調の整え方は自分が一番よく理解しているらしく、晴馬さんは自分の体と落ち着いて向き合っていく。


「紅音様が無事で、良かった……」

「晴馬さんも無事で良かった、ですよ……?」

「ははっ……はい……ああ……そうですね……申し訳ございません……」


 優しい笑みは消えることがなくて、晴馬さんは私に安心感を与えようと気を遣ってくれる。


「紅音様が、無事で……良かった……」


 どくん。

 心臓が、そんな音を鳴らしたような気がする。

 月見里紅音(やまなしくおと)が、無事でよかった。

 何もできない私に、どうしてそんな言葉を向けてくれるのかと不思議に思った。

 けれど、その不思議な感覚は幸福という全く別の感覚へと変わっていくのを身体全体で感じ取る。


「紅音様が生きていてくれて……本当に良かった」


 屋敷には、菖蒲(あやめ)さんがいる。

 それなのに、そんなにも私の身を案じてくれることに戸惑いを抱く。

 でも、その心配が嬉しい。

 私の身を守ってくれていた母はいなくなってしまったけれど、私を守ってくれる人に巡り合えたことに大きな幸せを感じる。


「部屋に戻って、ゆっくり休みま……」

「っ」


 人の瞳が光るわけがないのに、晴馬さんの瞳が妖しく光ったように思えた。

彼の眼光が、私を捕らえて離さない。


「晴馬さん、大丈夫ですか? 今、菖蒲さんを呼んできま……」

「すみません……少し、一人にしてもらえたら……」


 突然、心臓が暴れるように鼓動する。

 反射的に晴馬さんの手を離しそうになってしまったけれど、しっかりと手を握る。


「紅音様っ」

「離しません」


 自分の声が震えていることに気づいたけれど、視線をさ迷わせることだけはしたくなかった。


「こう見えて、恐怖には慣れているんですよ」

「俺は、紅音様に恐怖を与えたくな……」

「晴馬さんは、私を守ってくださいます」


 様子が変わりつつある彼が背負っているものに押し潰されて逃げ出すよりも、彼を置き去りにしてしまう方が後悔してしまうと思った。


「私が恐怖に震えたら、晴馬さんはその分、私に優しさをくださいますから」


 心が恐怖を感じているのも、体が逃げろと指示してくるのにも、気づいている。


「紅音様は、俺のことを信じすぎです……」


 でも、彼の声が、不思議なくらい優しく響く。


「俺から離れてください! 俺は、紅音様を傷つけたくない……」


 涙が頬を伝う前に、私は彼を抱き締めた。


「お一人になられたいのなら、そうします。でも、そうではないですよね」


 腕の中の晴馬さんは抵抗することをやめて、ただただ私の言葉を受け入れていく。

 視線を屋敷の床に落とし、何かを諦めたように見える。でも、その諦めを促す術も手放す術も私は知らない。


「私にできることを教えてください」


 覚悟が決まったのか、晴馬さんは再び私を視界の中に入れる。

 縮まった距離が遠ざかっていくけど、彼は私をしっかりと瞳の中に入れてくれる。


「……紅音様の血を、いただけますか」

「それで、晴馬さんが落ち着くのなら」


 晴馬さんが、そっと首筋に触れる。

 彼は人間ではなく、人間の血を欲する吸血鬼。

 そんな残酷な真実を受け入れたはずなのに、不思議と恐怖に怯えることはなかった。


「少し痛むと思いますが……」

「触れてください」

「っ」

「私は、そう簡単に壊れたりしませんから」


 彼が触れるたびに、心臓が高鳴る。

 永遠に熱を取り戻すことができないと思っていた彼の体に、わずかな熱が流れ込んでいくのを感じる。


「ごめん、なさい……」

「謝らないでください」


 私の血が吸血鬼にとっての特別だとしたら、彼はその特別な味を知ってしまうということ。


「っ、んっ、ごめんなさい……」

「大丈夫ですよ、晴馬さん」


 鶴喰(つるはみ)さんがおっしゃったことが正しければ、私の血を取り込んだ晴馬さんは私に惹かれざるを得なくなる。


「守るって言ったのに……」


 私なしでは生きられなくなればいいのにと、心のどこかで思っていたのかもしれない。

 晴馬さんを縛りつけるために血を捧げた私は、最低な女。


「っ、ぁ」

「すみません、痛かった……」

「ん、続けてください」


 彼が、過去に居残ってくれたらいいのに。

 そんな願いを込めながら血を捧げる私に、彼は最後の最後まで優しく気遣ってくれた。

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